黄色い雲の沈む海
手のひらに伝わる熱が全てだと思える。
屋敷に戻ると、いつものようにやわらかなあかりとあたたかい笑顔がむかえてくれた。
玄関先でしとやかに笑うめぐみに、かぶとを渡した。
「今、戻った」
わかりきったことだ。しかし、いつものことだった。
めぐみはこくりと頷きを返した。
それを見ると、自分の屋敷に帰ってきたという気持ちになれる。
椅子に座ると、めぐみが料理を運び始める。馬超はそれを黙って見ていた。
全て運びきれいに並べ終えると、馬超の夕食がはじまる。
あたたかい食事だ。めぐみは料理が上手い。
宴の席で用意されるような食事を馬超は好まなかった。
見た目の華やかさは見事だったが、なぜだかうまいと思えなかった。
きちんと面のとられた大根の煮付けは、中までしっかりだしが染みていて馬超のすきなものだった。
茶碗にちょうどいいくらいに盛られているご飯は、ふっくらとしてつやがあり、米粒1つ1つがきちんと立っていた。
鶏のひき肉のシューマイは、気づけば一皿空けてしまったのでもう一皿を用意させた。
ふっと手にとった椀には、馬超のすきなたまごのスープが盛られていた。
まるでこどもに戻ったようにうれしくなった。うしろのめぐみへ振り返る。
「めぐみ、このしるもの」
めぐみは笑って、こくりとうなずいた。馬超がすきなものだと知って出したということらしい。
はしゃいでいる自分が妙に恥ずかしくなって、乱暴に椀に口づけそれを飲んだ。
あっという間にそれを空にして、めぐみに向かって椀を突き出した。
厨房に戻っておかわりを用意しているめぐみをびんやりと眺めた。
無理な注文をしているつもりはないが、めぐみは文句を言わない。言えない。
戦がたくさんのものを奪っていった。
馬超の父、母、弟、妻、子、親戚、失ったものは数え切れない。めぐみも同じように家族をなくしたという。
そしてめぐみは声まで失った。
目の前に置かれたたまごスープがあたたかかった。
蜀の武将である自分の務めは、こうしてめぐみがあたたかいスープを作れるようにすることだと思う。
声がなくともいっこうに構わない。うまいぞ、と伝えるとめぐみは顔をほころばせた。
別に武将であることなど関係なく、自分はこのスープのために戦うのだ。