勢いよく雨粒が屋根をたたく。窓の外では、垂直に降る雨が世界を覆い隠す。それをさらに雨戸で覆って、わたしは 半蔵と2人で屋敷に閉じこもっていた。戦国は終わって、わたしは彼に誘われるがままに影になることを選んだ。

とはいえ、今までその道の修行などしたことはなくて、こうして山奥にある屋敷に閉じこもっては彼とひたすら修行、修行の毎日だった。 夜になると、半蔵はわたしを置いて1人で任務をこなす。わたしはその間、1日の疲れをとるべく睡眠学習、というわけ。 そう考えると、半蔵はいつ眠っているんだろう。まあ多少寝なくても大丈夫そうだけど。と、いつものように結論は先延ばしにしておく。



「これは、今日中には止みそうにないわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



いつもならば半蔵は任務のために、この屋敷をあとにする時間だった。でも今日はご覧の通り、この空模様。いくら彼といえども この天候の中を行くことはいささか骨が折れるに違いない。覆面に隠された顔は、相変わらず表情を読ませないから彼が今なにを考えて いるかなんて、わたしには微塵も見当がつかない。せめて彼がもう少し能弁だったら、と思わずにはいられないが、もしも彼がそんな風に 変わってしまったらそれはそれで彼じゃないようで、まあ結局のところ、今のままで十分なんだと思う。





「いいじゃない、今日はここで立ち往生で」
「そういうわけにもいかぬ・・・」
「あら、家康さまだって判って下さるわ」
「・・・・・・・・・・」





彼の表情は判らなかったけど、きっと今は「そうかもしれない」と思い始めてるに違いない。わたしよりもいくらか少し年上で不器用な 彼に気づかれないようにこっそり笑った。ここに留まると決めたものの、しのび服のまま閉めきられた雨戸の内側に立ち尽くす彼に、 わたしのいたずら心はその姿をだんだんと確かなものにしてゆく。



「半蔵どの」



名前を呼ぶと、返事もなく振り返る。驚く間もあたえないで、わたしは手を伸ばす。その手は彼の鼻まで覆い尽くす布をめがける。 肌と布の間に指を入り込ませて、すっと下まで引きおろした。





「・・・・・・・・・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「は、半蔵どの・・・」



鼻筋を貫通する刃傷。一見しただけでは判らない年齢。はじめて見る素顔。




「やめろ、めぐみ」
「あ、いや、半蔵どのはなかなかの美丈夫だったんですね」




瞳を輝かせるめぐみに対して、面がなくてもまったく変わることのない表情を貼り付けている半蔵。けれども、少しだけ動かされた 眉にめぐみは気づく。そしてまた表情をゆるませる。それはまるで凝縮された 幸 せ の 連 鎖 だった。