さぐり合いはもうおしまい 校内放送を使って各文化部の部長は放課後参集するよう生徒会の名前で連絡があった。 各部の部長はそれぞれ自動的に委員会へと加入することになる。運動部であれば運動委員会、文化部であれば文化委員会となる。活動はほとんどなかったが、年に1度の文化祭の前には文化委員会が開催されることになっている。活動内容は、文化祭当日の日程の打ち合わせが中心となる。 履歴書の委員会欄に記入できるため、活動よりも、それにより得られるポイントが大きい委員会だった。 各委員会の上部団体が生徒会となる。放送内容にあったように職員室の向かい側の教員準備室へとが向かうと、人の数はまばらだった。しかし、その中に見知った顔を見つけ、思わず声をかける。 「本田くん?」 「こんにちは」 彼のネクタイの色が、明確に彼を切り分けているかのようだった。周りがすべてと同じ学年なのだから、彼が違うのは当然といえば当然。けれども彼は、いつもと同じように、気後れなどせずにいつも通りといった感じで委員会が始まるのを待っていた。その彼のとなりにぴたりとも寄り添う。 「本田くんって文化委員? どこかの部長だったの?」 「漫研です。上の学年がいないので、私が」 「そうなんだ。漫研って、あんまり活動してないよね?」 「最近はそうでもないですけど、その時々ですよ。時期によっては忙しかったり」 「ふうん。部室近いのに今まで気がつかなかったなんて、おかしいね」 いくらかメールのやり取りをするようになったが、が菊から委員会と部活の話を聞くのは、この時が初めてだった。 の茶道部と菊の漫研は、それぞれ管理棟の最上階にある礼法室と美術準備室が部室となっていて、それらは廊下を挟んで向かい合うように位置している。恐らくはすれ違ったりはしているのかもしれない。気がつかなかったことがおかしい、とが笑うと、菊がいつものように返答する。極めて曖昧に、そうですね、と当たり障りのない具合に。 同様に委員会に呼び出されたのクラスメイトがに気づいて手を振り、となりの菊を見て何かを察したかのようににやにやとしてみせた。そのまま少し離れた所から身振り手振りで「ごゆっくり」だとか「よろしくやれよ」と伝えてくるので、はかっと頬を染めて両手でかき消すような動きで「違う」と伝える。誰が見ても分かるあからさま過ぎるクラスメイトの動作が、菊に何かを知られてしまうのではないかとひやひやしながらが隣を見ると、いつもの微笑に何かを含めたような表情をしている菊と目が合った。 「先輩、顔赤くないですか」 「うぇえ。そ、そんなことない!」 「さっき入室されたのって先輩のクラスメイトですよね。いいんですか?」 恨めしそうにが菊を睨むと、菊はそれ以上何も言わなかった。ほんの少し、視線を窓の外にずらして。 まだ全員そろった訳ではないが、時間の関係で生徒会長より点呼がされる。尚、「部長の来ていない部活に関してはそれなりの対応をする」と片方に釣り上がった笑いをした金髪の彼は、と同じクラスだ。 獰猛さを隠そうともしない彼の性格に、は先に立つものの力強さを感じると同時に、同じくらいの恐怖も抱いていた。 も菊もそつなく点呼を終え、そのまま各部の状況報告となる。どの部も例年通り、もしくは大きな変更点はないということで、30分もしないで委員会の活動は終了した。 「本田くんって、図書と文化委員の掛け持ちだったんだね」 「あ、いえ。図書はクラスの方の代理で」 「え?」 集まる時はばらばらだったくせに、解散する時は同じようなタイミングで移動を始める他の委員を尻目に、のんびりと筆記用具を片付けながらは口にした。そもそも彼女が菊を意識したきっかけが、先日の図書館でのできごとだった。同じく人ごみを避けるかのようになかなか席を立とうとしないで菊も答える。 「おい茶道部! 委員会活動に随分と熱心なようだなァ」 絡みつくように間延びした語尾が、よくある三下の悪役を連想させた。が体をびくりと震わすと、粗雑なつくりのパイプいすもがたがたと大きな音を立てる。 「カークランドくん・・・。お仕事、お疲れ様です」 「こんな形だけの委員会でもきちんとやったていう実績は残しておかなきゃなんねえから、面倒だよな」 「いやあ、会長さんがそれ言ったら・・・。でもさすがだよね、仕切るの慣れてるっていうか」 「誰も発言しなきゃあんなもんだろ」 そう言って委員会の上部団体、生徒会の会長であるアーサー・カークランドは、シャープペンシルの後ろの部分を使って金色の髪の毛をかき分けるようにした。そのまま手元のクリップボードをちらりと見る。 「たちは当日礼法室か。あんなとこ、滅多に客来ねぇだろ」 「もともと顧問の趣味でやってるような部活だから、営利目的とかじゃないの。ちなみにすっごく暇だよ」 「ふぅん。金払って、茶ぁ出すだけなんだろ」 「うん。お菓子とお茶を・・・」 ふ、と教室でいつも見かけていた姿が脳裏をかすめたので、は言葉を区切る。 「カークランドくんは紅茶が好きなんだろうけど、当日時間があるようだったらお抹茶飲みにきてね」 「は」 「茶道とか言ってるけどそんなに堅苦しくないし、お菓子食べてお茶飲んだらそれでおしまいだし、時間はかからないよ」 「ああ、うん・・・」 アーサーは思わず己の顔を手のひらで覆った。頬が熱くて、ひょっとしたら手のひらだけでは熱を持った体を隠しきれないかもしれなくてに背を向ける姿勢になる。皮肉だったら脊髄反射で口から飛び出すのに、素直な気持ちは言えそうにもないし社交辞令を装うこともできずに適当に頷くことしかできなかった。 背けた視線が、この部屋に残る1つ下の学年の男子生徒をとらえて、アーサーは再び体中が先ほどとは別の種類の羞恥によって沸騰するような感覚を覚えた。 「わかった。そこまで言うなら仕方ねぇ、当日は忙しいけど時間ができたら飲みに行ってやってもいいぞ!」 「・・・う、うん」 その声がまるで彼を突き放しているかのようだったので、傍で眺める菊は不器用な感情表現しかできないアーサーを気の毒に思った。同時に、自分も器用な方ではないなと心中で苦笑する。 「その件については了承した。で、まだここに残るような熱心な委員には仕事を押し付けるから、用がなければさっさと出てけよ」 アーサーはと菊を順番に見やった。残る委員は2人だけだった。 は手早く荷物をバッグに押し込めて、菊の様子を窺った。菊は既にバッグを肩にかけて席を立っていたので、も慌ててそれに倣うと出口へ向かった。 「失礼します」 「お疲れ様でした」 退室する際に一礼して、2人は部屋を出た。残されたアーサーは、他の生徒会役員が今日の委員会に参加していないことを幸いと思いながら、席に深く沈みこんだ。 と菊は、互いに部活がないのを確認してから玄関へと向かっていた。 「先輩って、会長のこと苦手ですよね」 「苦手っていうか、こわいかなあ。・・・ばればれ?」 「あからさますぎますよ」 確信の口調で菊が言うので、もばつが悪くなって体を小さく丸めるようにした。 「すごい人だとは思うんだけど、ちょっと横暴っていうか。同じクラスだけど普段は全く話さないよ」 「かわいそうですね」 アーサーがかわいそうだ、と菊は言ったつもりだが、彼女には伝わっていないだろう。案の定、意味を捉えかねてが不思議そうに菊を見つめるが、やわらかく笑んで彼はそれを受け流す。いずれ彼女も彼がそれ以上何も言わないことを察して話題を変えることにした。 「ねえ、本田くん。さっきの委員会の話だけど、図書委員じゃないの」 「違いますよ」 「ええー?」 が先をうながすように問いかけても菊は答えない。 終業のチャイムからしばらく経っていたので、用事のない生徒は既に下校していたし、その他の生徒は部活に励んでいる時間だったので玄関は閑散としていた。学年ごとに区切られた靴箱によって一旦別れ、はローファーへと急いで履き替えて菊を待つ。どこからともなく運ばれてきた砂をのローファーがふみつけて、ジャリっとした感触がした。その先が知りたい彼女にしてみれば、普段どおりの彼の動作にひどく焦れて胸中もざらざらと小さな砂を噛んでいるようだった。 しかし、年下の菊の手のひらの上でいいように踊らされているのは、そんなに嫌いではなかった。こちらが10回慌てるとしたら、その間に向こうが1回でも慌ててくれたら十分だと思う。対等に張り合おうとする気持ちをなくすと、言葉を交わすことによって得られる刺激がのなかで弾けていた。 「同じクラスの方が用事で出られないということだったので、あの時はたまたま私が代理を引き受けたんです。困っている方がいたら助けてあげたいと思うのは当然のことでしょう」 「えっ、ほんとに」 「なんですか、その反応」 「本田くんっていい人だったんだね」 「失礼ですね」 嘘でも本当でも構わないようなの態度に、菊は心地よさそうに笑う。くつろいだ雰囲気につられて、もふにゃりと笑う。 「まあ、嘘なんですけど」 「うん」 並んで歩く。言葉を交わす。メールで話す。の知るどの男の子とも、菊は違っていた。無理矢理自分を押し付けるようなことをしない。 「あの時、図書室に用事があったんです」 菊が打算的で冷たく醒めているような部分を持っていることを知っている。そしてそれはおかしいことじゃないとは思う。同じような部分を自分も持っている。 だからこその2人の距離なのだと思っていた。 「そうしないと、きっかけを作れないと思ったので」 主語がなくてもわざわざ確認するまでもなかった。ここでしらばっくれることができるほど役者ではないと冷静に判断できる自分がいることには驚いた。一度に色んな考えが浮かんでは消えていき、今までの人生の中でいちばん脳が働いていたと後になってから彼女はつぶやいた。 自分から言うことになるだろうとどこかで思っていたので、菊が己の手の内を明かすようなことをするのが意外だった。 |