るすばん電話の声がすき が重たげに瞼を持ち上げると、うすいレースのカーテンの向こうの空は抜けるように青く広がっていた。時間の進み方がいつもと違う感覚、そして自分の体がうまく機能していない感覚に段々と意識が追いついてくる。まだ全快とは言えないが、これでも体の具合は大分よくなっていた。怖ろしいことに、週の半分は消費してしまったけれど。 学校を休んでベッドに伏すだけの毎日がつらかった。カレンダーと時計を交互に確認し、本来の時間割と照らし合わせて今頃何の授業かと考えては胸の中のもやもやをぐっと飲み込む。そのもやもやを上手く名前付けられなかったが、こうして季節はずれの掛け布団にくるまって横になっていることが、居心地が悪くてしょうがない。近い言葉を当てはめるとすれば、罪悪感なのだろうかとそっと思った。 枕元に置いていた携帯電話が点滅しているのを確認して、彼女はそれを開く。菊からの留守番電話が1件。 ・・・なんだろう、思わず聞くのを躊躇ってしまいそうになるこの気持ちは。ここぞとばかりに小言を浴びせられそうな予感がして、しばらく画面とにらみ合った後、彼女の指先は再生のボタンを押下した。 ピー、という機械音の後に、よく聞く落ち着いた彼の声がした。 『こんにちは、本田菊です。先輩が学校お休みされてると伺ってお電話しました。あまり無理はなさらないで、この機会にゆっくりしてください。それでは、お大事に』 少ない言葉の中に自分の体を心配する色が濃く含まれていて、思わず携帯電話をぎゅっと胸の前で力強く抱いて眠った。菊の一言に、同じくらい強い力で心臓を鷲掴みされていた。先ほどまでの靄が一気に晴れて、言葉通りにゆっくりすることができそうだった。 自分の体調と家族及び学校と相談の上、結局は1週間まるまる学校を休んだ。 金曜日には、ほとんど回復していた。喋ると少しかすれた声になるのと、失った体力を取り戻すために眠っていたところ、物音と人の気配がして目が覚めた。ぼやけたの視界がとらえたのは、入り口に立つ2人分の影だった。 「それじゃ、ゆっくりしていってね」 「はい。恐れ入ります」 そこで1人が退室して、もう1人がのそばまで寄ってきた。焦点が合わずにじっと見つめていると、が起きているのに気づいて影が声をかけてきた。 「メール見てくれましたか」 指摘を受けて携帯電話を見てみるとちかちかと光っていた。 「すいません。見てないです」 「まあ、病人なら仕方ないんじゃないですか」 そうは言うものの、その口調から菊が憮然としている様子がうかがえるので、は申し訳ない気持ちになる。学校帰りに立ち寄ったのか、いつものバッグを肩に提げ、そして両手でシンプルな小箱を抱えていた。 「ええと、その辺のクッションとか適当に使って下さい」 「いえ、すぐに帰りますのでこのままで結構です」 菊が珍しく所存ない素振りをしていた。にはくつろげる空間であっても、菊からしてみれば初めて訪れる他人の部屋であり、彼女がというよりもそこにある空気がよそよそしく彼を迎えていた。 抱える小箱に印字されているのが洋菓子屋の店名なことに気がついてが声を上げると、菊が非難するかのように視線を突き刺す。 「・・・あまり心配させないで下さい」 視線とは打って変わった、あの留守番電話のような声だった。何も言えずにが小さく頷くと、同じように菊も頷く。 それから小箱を開けて、果物のかけらが丸ごと入った涼やかなゼリーを取り出して彼女の前に差し出した。 「夏季限定の桃のゼリーです」 「うわあ、おいしそう」 |