真昼のおあそび




先進的とか都会的とか言われるようなグレーのすらっとしたビルの入り口で、見慣れない格好で身を固めた仮面の人物を見つけた。

「トルコさーん! お久しぶりですね」
「おうっ、さん。ご無沙汰してやす」


隠されてうかがうことのできない表情の代わりに、ぱきっとした声で名前を呼ばれて思わずはにかんでしまった。いいなあ、この感じ。
彼はビルの入り口で後から来るわたしを待ってくれている。少し駆けて彼のとなりに並ぶ。


「いつものコートじゃないと、なんだか新鮮ですねー」
「言わないでくだせぇ。こっ恥ずかしいんで」
「いやいや、トルコさんみたいな人のスーツ姿ってかっこいいです」
「俺みてぇな、ですか?」
「ええ。男らしさを無理矢理スーツに詰め込んでる感じが素敵ですよ」
「こりゃ、なんて言っていいやら・・・」


困った様子でわたしに視線を落とす。


「からかうのは程々にしといてくだせぇ」


困った姿を見たいのは否定しませんが、からかっているわけではないんですよ。と言葉にはしないでにっこり笑って、ビルの上階にある大会議室へ向かいましょうと勧めた。







今日は、わたしもトルコさんも会議に出席するために参集していた。会場に着くとたくさんの人が右往左往していて、席はまばらにうまっている状態だった。どうやら席次は特に決まっていないらしい。そっとななめ上を向くと、少し遅れてかち合う視線。


「おとなり、よろしいですか?」
「そりゃあもちろん」


ふたりで並んで座れる席について、メモ用に筆記用具を広げているとうっかりペンを机の下に落としてしまった。

「あっ、大丈夫ですかぃ」
「自分で拾うんで大丈夫ですよー。・・・よいしょっと」


机の下にもぐると、トルコさんの足元に愛用のペンが転がっていたのでさっと拾い上げる。視線を地面から少しだけ上げるとトルコさんの足があった。座ったことによってスーツの裾が上がって、革靴との距離が空いている。


「とっ、とっ、トルコさぁん!」
「どうしやした? さん、なんでそんなに笑ってるんです?」
「く、くつ下が・・・」

呼吸が落ち着くまでひとしきり笑って、改めてトルコさんに向き合うと、やっぱり笑いがこみ上げてきてしまって、立ち直るまでしばらくの時間を要した。


「おじさんの、くつ下っ」

単語だけどうにか伝えて、わたしは再び腹筋を酷使して笑い転げた。


「なっ、何を言うんですか!」
「丈が長いですよー。男性のくつ下ってくるぶしくらいの丈のイメージがあります」
「若いお嬢さんの感覚はよく分からねぇですが、スーツん時は無難に同色で素足が出ねぇように丈の長ぇもんを履くのがマナーなんでさぁ」
「そういうものなんですか?」

とはいえトルコさんがスーツを着る機会なんて滅多にないものだから、自信がないのか腕を組みながら曖昧に1度頷くだけだった。


「そうですか。トルコさん、笑ってしまってすいませんでした」
「いいえ、さん。実は俺・・・」


そう言って腕組みをしたまま深刻そうにトルコさんが重い口を開く。


「いま、5本指ソックス、なんですよ・・・」
「え、それは全然普通じゃないですか? わたしもいくつか持ってますよ。便利ですよねー」




トルコさんは、拍子抜けしたといった具合にいすから半分落ちた。


「若いお嬢さんの感覚はよく分からねぇです」




言いながらいすに座り直して、トルコさんはわたしの方を見ないで首の後ろを手早く数回掻いた。