10.君がいるから





王はわたしが往訪すると、決まって人払いをした。その方が都合がよかった。
そしてわたしに対して、共謀者の体で接してくれる。まるで、わたしだけが悪いわけではないのだと笑ってみせる。その配慮を、林のなかでひとり身を潜めている時などに思い出すと、じわりと目頭が熱くなった。そのやさしさに甘えてはいけないと思いつつも、立ち上がる強さをもらっていたのも事実だ。

一部戦線での任務を終えて、わたしと王だけの密やかな軍議が行われた。
同時に多方面から攻め込まれている状態が続いているが、わたしの影響が及ぶのはごく一部の戦線でしかなく、どこに投入するかは王の采配次第だった。理想は各個撃破だが、現実はそこまで甘くはなく、崩れそうな戦線の維持のために借り出されることもあった。絶望的な状態は続いていたが、まだわたし達は戦う気力を失ってはいない。
ここまでの道すがら、王が凶弾にされされたという噂を耳にした。噂は嘘ではなかったらしく、その際に多数の者が彼の盾となったらしい、というのを本人の口から耳にするのは少し不思議な感覚だった。

「だが、こうして私は生きているというのだから、奇跡としか思えないね」

目の前で繰り広げられた惨劇を思い返して彼が自嘲気味に笑う。いまは国内すべてがそのような状態だった。

「これも、きみのおかげなのかな。きみの力は一体どこまで及ぶのだい?」
「わたしにも、存じかねます・・・」

わたしは自分の手のひらに視線を落とした。開いた手のひらを握って、また開いて、数度そうして感覚を確かめようとする。触れずとも相手を倒しかねないこの力。積極的に使うようになってから、力が増したように感じた。使えば使うほどに身の内に黒くてどろりとしたものがたまっていくような感覚だった。もとより、そういうものだ。



「さて、来てもらって早々申し訳ないのだが、早速次に向かってもらいたい場所がある」

そう言って王は机に広げた地図の最前線の1ヶ所を指差した。


「報告によると少々分が悪いようでね。増援は出すが、他の戦線もある。きみの力で補ってくれるかい」
「了解しました。できる限りのことをします」
「ちなみにね、いま、この地ではギルベルト達が戦っている」

ギルベルト達の所へ行くのは、はじめてだった。軍の主力部隊だったが、とうとう厳しくなってきたらしい。勝利を信じていないわけではないが、思わず背すじが凍った。

「そういえば、きみはその力のことギルベルトには言っていないのだね」
「え、・・・はい」
「言わなかったのかい?」
「言えなかった、です。むしろ、隠そうとしました」
「なるほど。いじらしいね」

穏やかに王が笑ってみせるが、その意図を汲み取れずわたしは首をかしげる。

「そのうち、気づくさ」

楽しみにしてなさいとでも言わんばかりに目を伏せてみせ、再び机上へと意識を戻す。

「だからこそ、急いだ方がいいかもしれない」

表情を曇らせて王が言った。




王が許すので早馬を借りて戦場へ急いだ。はじめのうちは、馬がわたしのことを嫌がって暴れたが、昔に言われたことを思い出していた。ゆっくりと黒い瞳を見つめて距離を縮めていく。せわしなく足を動かしていた馬もやがてその動きを止め、わたしがとなりに立つのを許してくれるようになる。馬首に手を回し、ぐっと抱きついた。そのままどのくらいの時を過ごしたかは分からないが、一度離れてその馬を見ると、もうわたしに対する敵意のようなものは感じられなかった。





ようやく辿り着いた戦場の端に立って、王の表情の意味を理解した。わたしは馬から下りて、必死に治療を続けながら、撤退を試みる自軍の兵士に預けた。わたしの感傷からかもしれないけれど、ここまでわたしを運んだ馬が瞳を心配そうに輝かせた気がしたから、いちばんはじめにしたのと同じようにその首元に抱きついた。そうして傷ついた兵士達から情報を集め、わたしにできる限りの激励をした。

「いずれ援軍も来る。どうか、希望を捨てないで。生きて」

絶望のふちで戦い続けた彼らに、胸がぐっと締め付けられた。同胞の亡き骸が見ようとせずとも目に飛び込んでくるなか、よくここまで戦い抜いたと思う。彼らにとって安心するにはまだ早いのかもしれないが、これより後ろに敵は通さない。心からの言葉を彼らにかけて、わたしは駆けた。もう林のなかに身を潜めて、なんてのん気なことはしていられない。

先ほど教えてもらった情報によると、まだ戦える者は、ギルベルトを中心に敵と正面で衝突中で、負傷した者たちの撤退の時間を稼いでいるらしい。焦るわたしには、土と硝煙と血のにおいがいやに鼻についた。