11.feuertanz





頬の上で雨がはじけた。霧雨と小雨の間くらいの雨粒だった。無念のうちに倒れた同胞達の汚れを洗い流してくれたらいいと思った。また、敵方の火薬が湿気て使い物にならなければいいと思った。


何年、何百年とギルベルトと共に鍛錬を続けてきた。はじめたばかりの頃はまともに扱うことのできなかった剣も、今ではそれなりに扱うことができる。人には許されないその年月にかけてきた労力や思いの強さを信じさせて。
敵兵が取り囲むようにしている一画へと切り込んでいく。ぐるりを敵兵に囲まれてなお崩れずにいるが、一体何人そこに残っているのだろう。
馴染んだ剣の柄の感覚が手袋越しにやけに鮮明に伝わる。単身と侮るならばそれまで、わたしの一撃は幾星霜を経ての一撃。その身に刻め。振りかかる剣戟をかわし、いなし、少しでも早く彼の元へ。早く。早く。




混乱の中に群青の背中を見つける。まわりにもまだ数名自軍の兵士が見えるが、近づこうとしているうちにぱたりぱたりと倒れていった。ギルベルトもそれに気づいたが、絶え間ない攻撃にもまれている。早くわたしはあの背に近づきたいのに。

「俺はひとりだって戦ってみせる!」


誰に向けた言葉だろう。肩で息をしてなお剣を振るい、ギルベルトがほえていた。
ひとりは何を指すのだろう。一緒に戦う国がないこと? 戦場でひとりなこと? 後者ならちがうよ、そんなことはさせないよ。


「ギルベルト!」

叫んだことで敵軍の注意がわたしに移った。雪崩れ込む敵兵はもはや統率なんて取れていなくて勢いだけで、その合間をかいくぐってわたしはギルベルトのとなりに立つ。

「お前・・・」
「撤退だよ。時間ならもう十分稼げた」
「・・・」
「少しだけど増援もある。一旦ここは捨てて、そこまで下がろう」
「お前、ここまでどうやってきた?」
「一生懸命きたよ」

ふざけたから怒られるかもしれない。でも、そんな間もないくらいに敵に囲まれていた。背中合わせで応戦するけど、ギルベルトはもうとっくにふらふらだった。

「ギルベルト。ひとりだなんて絶対に言わせないから」


もうなんだってよかった。活路を開くために、我を忘れて剣を振るった。いまのわたしは人の形をした不幸だ。触れずとも巻き込んでいく。馬の足がもつれるのや、長い剣に足を引っ掛け転ぶことは、ただの偶然なんかじゃない。その隙が命を奪うぞ。



「他に誰か?」
「いねぇ。俺で最後だ・・・」
「そう」

もう膝が笑っている。一体どこまで逃げたらいい。追撃はないが、自軍の被害を抑えるために遠距離攻撃に変わったのだろう。たかだか2人のためにご大層なことだ。


「火薬は湿気ってるよね」
「弓ならお前がやべえ。軽鎧なら当たり所によっちゃ貫通する。つーか連射がやべーよ」
「あー大丈夫」


立ち止まって敵軍を見ると、弓兵がずらりと並んでまさに構えているところだった。

!」


血相を変えてギルベルトがわたしの腕を取る。引きずられて走りながら、弓兵を睨みつける。血のようにあかいこの瞳を焼付けていくといい。



ぱさっぱさっと間隔を置いて矢の降る音。備えからすると音が随分と少ない。

「糸、切れたみたいだね」

確信があったので見なくてもそんな気がしていた。振り返ってギルベルトが確認すると、その通りだったらしい。弓兵達が慌てて弓を張りなおしているという。


「あいつらツイてねーな」
「ま、ギルベルトはこんなところでくたばるたまじゃないってことだね」
「まーな! このままなんとか逃げ切れるな・・・」


林に入り込んで、増援との合流地点を目指した。