リークされた内緒話 「せーんぱい、おめでとうございます」 「え、なにが?」 「やだあ、今日は先輩のお誕生日じゃないですかあ」 あれ、そうだったっけ。 デスク上のカレンダーを手にとって見てみる。付き合いのある旅行業者がくれたカレンダーには世界各国の写真と、締め切りやら会議やら仕事の予定がみっちりと書き込まれていた。乱雑に書き込まれて今日がいつかなんて分からないくらいのマスの上を指でなぞって、ようやく辿り着いたそこはまさにわたしの誕生日だった。 「あ、ほんとだ」 「・・・冗談ですよね、自分の誕生日ですよ」 「えへへ、冗談じゃないです。あれ、でもなんで知ってるの?」 誕生日は年に1度しかないんだもの。祝ってもらえたら当然うれしい。けれどもそれを見境なく吹聴するようなみっともないまねはしていないと思うのだけれど。 かわいい職場の後輩は、ピンク色の頬をさらに染めて意味深に笑ってみせた。 「だって、皆さん前から噂してますよ。先輩の誕生日だーって」 がたりとあちこちから音がしたので、いぶかしんで周りを見渡すと男性社員が引き出しを抑えたり、バッグを抱えて慌てた素振りをしていた。 「皆さんプレゼントを渡すチャンスを探してるんです」 先ほどからやけに声が大きいと思ったら、どうやら彼女は牽制のためにそうしているらしい。もしくは、他人が慌てふためいているこの状況を楽しんでいるのだと思う。 「生年月日は立派な個人情報じゃない。どうしてそれが噂に・・・」 「やだなあ、先輩ったら」 「ごめん、分かった。分かっちゃった。お願いだからそれより先は言わないで」 がたり、と席を立つとキャスター付のいすがその勢いで後ろへ下がっていく。そのままわたしは拳を握り締めて、数年ぶりに全速力で駆け出した。振り向いたらきっとさっきのような顔でかわいい後輩が笑っているだろうから、絶対に振り向かない。 幸いにして事務所を出てすぐの所にある自動販売機の前で、フランスを発見した。 「このあと、何か急ぎの用事はあるかしら?」 「え、今からー・・・は特にないよ。午後からは何名かお客様と会う予定があるけど」 「そう。よかったわ」 ジャケットの上からその腕をつかんで、問答無用で歩き始める。後ろからは驚いたような声で一体何かと問われているけれど、廊下でこれ以上口をきくつもりはない。フランスは手帳を脇に挟んで、カップのコーヒーがこぼれないように器用に引きずられていて、そのそつのなさにまた少し腹が立った。少しくらいかっこ悪いところがあれば、腹の虫も少しは収まるというのに。 人のいない会議室を一室押さえて、フランスをそこにぶち込む。 「言ったわね?」 「何のこと?」 「とぼけないでよ、わたしの誕生日よ」 「あー・・・」 机の上に手帳を置いて、まだ湯気の立つコーヒーを一口すすってからそれを置いてからわたしの方を向いて、フランスはやわらかく笑った。 「言ったねぇ」 「言ったのね。ひどい!」 わたしの思考回路はいまひどく短縮化されていて、突進するみたいにして彼のジャケットに掴みかかった。 「おっと」 そう言って少しよろめく彼だけれど、きっとそんなことは見越していて、だから少し前に机の上に持っていたものを置いて両手が自由になるようにしていたのだと思う。 「ひどいっていうか、俺は聞かれたことに答えただけだよ。広まったのはが皆に好かれているからさ」 「違うわ。皆噂話がだいすきなのよ。きっとわたし今頃笑われてる、恥ずかしい!」 「なんで笑われるって思うの?」 「誕生日とか、そういうイベント楽しみにしてるの、ばれちゃったもの」 「今日他人に言われるまで誕生日だって気づかなかったくせに」 「・・・・・・」 返す言葉がなくて、彼の胸をぽかりと叩いた。 「ああ、もう席に戻れないわ!」 この世の終わりみたいに叫んで、わたしはフランスの胸のあたりに額をつけた。 「別に、それくらい普通でしょ」 「わたしにとっては普通じゃないの! なんでわたし、あなたに言っちゃったんだろう」 「酔ってたからねえ。あの時すっごくかわいかったよ」 「あああ、一生の不覚よぅ・・・」 絶望感で視界が真っ黒に染まった。うそ、目を瞑っただけ。けど、もたれかかるものがないと、そのまま前のめりに倒れていきそうだった。 「とりあえず、顔を上げなよ」 「無理。絶対無理」 「そう。別に俺はこのままでも全然構わないけどね」 わたしの肩に、フランスの手が重ねられる感触がした。やさしい手のひらに、気持ちが流されていきそうだった。 「ねえ、他の男を選ぶくらいだったら俺にしなよ」 「誰にでもそういうこと言うくせに」 「言ったね。俺はこの日のために数日前からスープを煮込んでいるのに」 動揺が肩に置かれた手のひら越しに彼に伝わってしまっただろうから、ますます恥ずかしくなった。 「ますます顔、上げられなくなっちゃったわ」 「落ち着くまでこうしてたらいいさ」 あやすみたいにフランスの手のひらがわたしの背中を一定のリズムで叩いた。 |