13.レースのリボンでお洒落して 馬車から降りる時にドレスの長い裾を踏んでバランスを崩してしまいそうだったから、先に降りたギルベルトの腕を借りて、そのまま会場の入り口まで付き添ってもらった。 一歩足を踏み入れると、明るい星屑のような照明やゆったりと流れる音楽がわたし達を向かい入れた。中の人々はダンスをしたり、細長いグラスを持って語り合ったり、思い思いにすごしていて、いま来たばかりのわたし達になんて興味を示さなかった。 「もういいだろ」 ギルベルトの気持ちはとっくにそんな人々の方に傾いていて、ここではわたしはお荷物だった。答える代わりにこくりとうなずいて、わたしの手から彼の腕の感触が消えるのを寂しく思いながらも、何も言えずにいた。 「あら、珍しい」 「げっ」 「何よ、ご挨拶ね。それに私はあんたじゃなくて、こっちの女性に用があるんだから」 ブロンドの髪の毛を結い上げ、花の飾りで豪奢に彩った妙齢の女性だった。強い生命力をそのまま表したような夏草の色をした瞳を細めて、わたしに向けて微笑む。 遠い記憶を呼び覚ますけれど、その記憶と目の前の女性がイコールで結びつくわけがない。けれども違うと言って切り捨てるにしては、思い当たることが多すぎる。 「もしかして、ヘーデルヴァーリなの?」 「ということは、あなたはね。改めまして、エリザベータ・ヘーデルヴァーリです」 驚きのあまり思わず大声を張り上げそうになったけれど、寸前のところでギルベルトの手がそれを遮り、くぐもった声がこぼれた。 「あら、色男」 真っ白なギルベルトの手袋にはわたしの口紅の色をした唇の形がはっきりと残っていて、それが自分のものとは思えなくて、どこか扇情的だった。小さく悪態を吐いて、ギルベルトは代えの手袋にはめ直した。 「ねえ、あの、こんなこと聞くのは失礼かもしれないけど、その胸って・・・」 「本物だぜ」 「ちょっと、なんであんたが答えるのよ!」 両手を腰にあててエリザベータは怒った様子でギルベルトに問い詰める。表情がころころと変わって、エリザベータは女性らしくて、とってもかわいらしい。周りの女性もそれぞれきれいだったり、かわいかったり、色んな形の女性らしさを身につけている。 「それでは、わたくしはこれにて。おふたりとも、ごきげんよう」 早速手に持っている扇が役に立った。表情を半分隠して、わたしははじめにギルベルトに言われたように、壁際を目指して人ごみを掻き分けて進んでいく。 ここにいるのが嫌だなあと思えば思うほど、時間がゆっくりと過ぎていった。穏やかな旋律がさらに時間の感覚を狂わせる。ギルベルトは先ほどから美しい女性達と話をしたりダンスをしたりしている。むなしくなるだけだから、姿を探すのはやめることにした。せっかく王が気をつかってくれたというのに、ひどく申し訳ない気持ちになった。 空いたソファを見つけ、しばしそこにかけた。そのまま終わるのを待つつもりだった。終わればきっとギルベルトが迎えに来てくれると、意味もなく信じていた。 ひとりぽつんと座るわたしに気づいたウェイターが、トレイに乗せたグラスをわたしに1つ差し出した。お気の毒に、とその顔に書いてあった。わたしも困ったような笑顔でそのグラスを受け取った。この場でどう振舞うのが正解かはわたしには分からなかった。きっとこのままここで何もせずにいるのがいちばんなのだろう。細いグラスはともすれば一気に飲み干せてしまいそうだったが、時間ばかり潤沢にあるわたしは泡立つアルコールをちびちびとなめるようにしていた。 「ミス?」 聞いたことのない声に顔を上げると、そこには見知らぬ男性が立っていた。 「パートナーはいらっしゃいますか?」 「いいえ」 「そうですか。それはよかった。もしよろしければ、1曲、お相手願えますか?」 そう言って、ギルベルトと同じように白い手袋をはめた手をこちらに向けて差し出す。けれど、わたしは長い時間をかけて生きてきたというのに、剣の振るい方しか知らないような女だった。 「あの、ありがたいのですが、わたくし、ダンスは・・・」 「ご謙遜を。それでは、そちらの席が空いているようですが、お隣にかけることをお許し頂けますか?」 男性は、広いソファのわたしの隣の部分を指差してたずねた。 「頼まれたお水をお持ちしたのですが・・・、出直したほうがよろしかったですかな?」 わたしが答えあぐねていると、やけにとげとげしい声のギルベルトが、水の入ったグラスを持って仁王立ちをしていた。わたしに声をかけてきた男性は、ギルベルトを見るなり焦ったように態度を正す。 「これは失礼。ご気分がすぐれずお休みされていたのですね」 「その通りです。はじめてのダンスパーティでしたので、加減を誤ってしまったのでしょう」 「ははは、かわいらしいことだ。それでは、どうかお大事に」 そう言って男性は足早に人ごみに向かっていき、いつの間にかその身を紛れ込ませて、消えた。 ギルベルトは水の入ったグラスをわたしに差し出して、ソファのとなりにどかっと腰掛けた。 「手間かけさせんなよ」 「ごめん」 「お前が何かすんじゃねーかって、気が気じゃなかったぜ」 「うん」 「なんであんなわけわかんねーようなやつに話しかけられて、にこにこしてんだよ」 「王がとりあえず笑ってなさい、って」 「そうかよ」 ピンチを脱したのにギルベルトはいつまでも立ち上がろうとしないで、ソファにもたれかかっていた。 「ギルベルト、きれいなお姉さん達はいいの?」 「いいんだよ」 何が気に入らないのか彼はぶすっとした様子で視線だけわたしによこしてきた。 「親父、今日のことで他になんか言ってたか?」 「『ギルベルトにずっとくっついてろ』って」 「へー」 それからギルベルトは、わたしには聞き取れないくらいの大きさの声でぶつくさ何かをつぶやいていた。 「ねえ、ギルベルトー」 「んだよ」 「わたしも、ギルベルトの頭の上にいつものってる小鳥とかのっけたら華やかになるかなあ」 「ばかじゃねぇの」 「うん、そうだね」 それでもギルベルトはずっと隣に座っていてくれた。 |