たった二文字が言えない 「なあ、なんでわざわざ山1こ越えてまで俺んとこ来たん? フランシスじゃあかんかった?」 「あいつとは近すぎるから弱みを握られると上手くねぇ」 「気を抜けないって? うそやろ。ギルベルト、お前は俺のこと見下してんのや」 その声がいっそおそろしいくらい何の感情も込められていないので、ギルベルトは言いようのない不安を胸中に留めておくのに困難を要した。手早く造花をつくる手を止めたアントーニョは、特にギルベルトに興味も関心も抱かない様子で淡々と続けた。 「俺んとこが何したってお前んとこに敵うわけがない。借金だらけで首もよう回らへんもん」 うず高く積まれた造花の山に目をやってから、無感動の瞳で部屋の入り口に立ち尽くすギルベルトの姿を映す。 「別にええよ。俺もお前のこと、好きだとか思わへんし」 その刹那、ギルベルトの肩がびくりと震えた。さも己までそうであるかのように含まれている口ぶりに、ついに反応することができなかった。 ギルベルトが迷い子の表情でアントーニョの方をうかがうが、彼に特に何か響いた様子は見られない。いっそ冷ややかな視線をギルベルトに向けて放つ。 「とりあえず、こっち来たらどうなん」 ため息混じりに言うと、ギルベルトはまるで両足に重い枷のついた虜囚の足取りで、ひどくゆっくりとアントーニョの前まで進んだ。 アントーニョは片肘を先ほどまで作業していた机について、体をギルベルトに向けて開くようにした。そうして作られたスペースはギルベルトのための特等席のようだったが、しばらくの逡巡の間があり、アントーニョが苛立った顔つきをしたため、ギルベルトは不安と焦りをないまぜにして、恐る恐るといった様子でアントーニョの膝の上に乗った。 そのとき、粗末なつくりの木製の椅子がぎしぎしと鳴った。ギルベルトは、自分とアントーニョのこれからの関係をその椅子に読み取った気がした。 「で、俺はどうしたらええの?」 当たり前だがアントーニョの声がすぐ近くから聞こえてきて、ギルベルトは思わず顔を背けた。そのまま自分の後頭部が彼の耳のあたりにあたるような体勢で、ギルベルトはアントーニョの肩に自分の頭を乗せた。 薄いシャツを通してしなやかな筋肉のついた彼の肩の感触を確かめながら、全ての体重を彼に預けきれず体を強張らせる。シャツからのぞく腕は自分のよりも浅黒い肌の色をしていて、シャツ越しに感じる体温はずっと温かかった。 そうして赤子のようにしがみついても、ギルベルトの背にアントーニョの手が回されることはない。空虚を背負い込み、意を決してギルベルトはとつとつと口を開いた。 「めちゃくちゃに、してくんねぇか」 「ハッ、自分も相当あれやんな」 はじめてアントーニョが感情らしい感情をあらわにした。あからさまな侮蔑、そして嘲笑。 どこからねじれてしまったのだろう。事ここに至っても、ついにギルベルトの本心は口にされることはなかった。彼のプライドが高いからではなく、他人との触れ合いに疎いため、上手に甘えたりねだる術を持ち合わせていないからだった。アントーニョはそれさえも見透かしたように笑う。 アントーニョが強引にギルベルトの肩をつかみ、そのまま口付ける。互いの境目が分からなくなるくらいに深く深く唇を重ね、ギルベルトは思わずまどろむようにその瞳を閉じた。そうしながらも激しい衝動が己の中で徐々に存在を大きくなっていくのを感じる。 アントーニョの唇が、瞼や、すっと通った顎や、首のラインを辿るように穏やかな刺激をギルベルトの肌に落としていく。 それが不意に強い刺激に変わり、ギルベルトは驚きから目を見開きアントーニョの肩にしがみついた。先ほどからされるがままだったが、いつの間にかアントーニョの片足がギルベルトの足の間に滑り込み、その付け根を擦りつけるように動かされていた。 「・・・・・・ハッ」 強烈な快感からこみ上げる涙を、アントーニョの唇がすくい上げる。その瞳の冷たさが、熱に浮かれる自分をどこまでも馬鹿にしているようで、それがギルベルトを現実に繋ぎとめていた。いっそ思考がどこかへ飛んでいってしまえばどれだけ楽だろうかと、彼は己を呪った。 それでも、肌をつねれば肌が赤くなるような生理現象といっしょで、与えられる快楽にギルベルトの理性も擦り切れる最早ぎりぎりのところまで迫っていた。 うわ言のように、アントーニョの名前と、言えなかった本音を叫びたかった。 しかしそれを許さないかのようにアントーニョの唇が飲み込んでしまった。 |