僕はここに残ります





夕食をすませて、ソファにかけて読書をしているとインターフォンがけたたましく鳴った。まともな神経の人間ならばそんなことはしない。無視しようと決め込んで再び本に意識を戻すが、突然の来訪者はドアの向こうで何かを叫び始めたので、仕方なくスウェーデンは玄関まで向かった。


「やがまし。何しに来た」
「おう、スー! やー、わりがったな。ついでに便所貸してくんねぇ」
「帰れ」

急いで戸を閉めようとすると、すかさず隙間にデンマークの足が挟みこまれた。隙間に手を伸ばして、剥がすようにして戸を掴む。あとはスウェーデンとデンマークの力比べだが、結末は目に見えている。それでも粘れるだけ粘ろうとスウェーデンは思った。

「ヤクザのが、まだ大人しいな・・・ッ」
「いいかスー。俺はいますごぐ便所さ行きてぇんだ。しかも酔っ払ってる。このままだど確実におめぇんちで間違いが起こるど!」


その言葉を聞くや否やスウェーデンはすっと戸を握る手から力を放し、デンマークを招き入れるようにした。
酔っ払った人間は何をしでかすか分からない。高揚感から道理が吹き飛んで、予期しえない、それも具合の悪い方へ動く傾向があるため、自分の家を汚されるよりも大人しく屈服することを選択した。


「入って・・・左だ」
「ん、わりぃな!」

乱雑に靴を脱ぎ捨て、漫然と立ちふさがるスウェーデンを押しのけてデンマークはトイレへと駆け込んだ。


「終わったらさっさと出てげよ!」


力強く床を蹴る足音がドアの向こうで途切れて、とうとう返事はなかった。几帳面に整えられた家の中でデンマークが脱ぎ散らかした靴だけが異質であり、それを見過ごすことができずにスウェーデンはそれを手に取り、きちんとつま先を外側に向け靴を揃えた。

あとはデンマークが勝手に出て行くだろう。何事もなかったかのようにソファにかけ、読みかけの本へと手をかける。



「玄関の鍵閉まってねがったから閉めてきたっぺよ」
「お前が帰ったら閉めるつもりだったんだ。用が済んだら早ぐ帰れ」
「いやだ。帰らねぇ」


スウェーデンがかけている大きめのソファの空いている部分に座り込んで、デンマークはその座り心地に子供のようにはしゃぎながら酔いもあるのか気を抜くと無口になって今にも眠ってしまいそうだった。


「眠ぐなったからってそべるな、みったぐね」

甘えるなとばっさり切り捨て、スウェーデンはとにかくデンマークを家から追い出したかった。まだ凍死する時期でもないだろうし、その辺に捨て置いても構わないと思った。
立ち上がるスウェーデンの腕を、デンマークが力強く引いた。


「どごさ行く?」

ろれつも上手く回っていないような言葉遣いに、あのたくましいデンマークが不安定な存在に思えた。スウェーデンは先ほどまでのいらいらとした思考が、キャンパスを鉛筆でぐりぐりと塗りつぶすように絡まっていってゴールが見えないような気持ちになった。


「・・・何かかけらず取ってくる」


クローゼットを開けて、ガーゼのブランケットを手に取る。その隙にデンマークは、先ほどよりもソファのスペースを広く占領していた。
やさしさをどこかに忘れてきたかのように、ブランケットをデンマークに向かって丸めて投げた。


「おわっ! 相変わらずひでぇやづだな」
「俺がもしひどいやつだったら、お前さかけるものなんて渡さねぇべ」
「んだなー。スー、ありがどー」


丸まったブランケットをほどきながら、笑ってデンマークは言った。そして少し離れたところにいるスウェーデンに呼びかける。


「スー。一緒に寝るがー?」
「ばっ、何言うのや!」
「手をつないで一緒に、・・・っていうのなんだけど、だめけ?」
「さっさと寝ろ!」


リビングに恐らくにやにやと笑っているだろうデンマークを残したまま、バタン!と勢いよく寝室に逃げ込むようにして、スウェーデンはせわしない心臓を鎮めるのに必死だった。