親切なさんかくは先がまるい




バイト先の制服から学校の制服へと再び着替えて、一足先に家路につく。梅雨に入る前の温かい日が続いていたが、日中の温かさが嘘のように、夜になるとまとわりつくような寒さがじわじわと襲ってきた。
疲れているせいか、いつものバッグが少しだけ重たい。ついでにいうと、踏み出す足も少しだけ重たかった。



やん。こないな時間になにしとんの?」

からからと空回る自転車の音に混じって、後ろから唐突に声をかけられた。
教室の中や学校生活の中で聞くとやかましく思える声も、こうして1対1で聞くと驚くくらいすっと自分に響いた。

「バイト帰り。一氏くんは部活の帰り?」
「んん、せや」

彼は自転車にまたがったままわたしの隣へとやってきた。


「あー、今日も疲れたわあ」


組んだ腕をハンドルのあたりに乗せるようにして彼が前のめりになる。そのままペダルはこがずに、地面を大きく蹴って、上手にバランスを取りながら進んでいた。
子供番組の登場人物のようにわかりやすく表情を崩す彼につられて、わたしも曖昧に微笑み返した。

そんな風にのんびりしていると、いつの間にか重たかったはずのバッグは彼の手に移っていて、そして彼の自転車の前かごへと移った。


、家どこなん? 徒歩ってことはこの近くなんやろ?」
「あ、ええと……」

わたしがなんとなく説明している間、彼は前方のまだ見えない先の方を眺めながら、記憶をつなぎ合わせるようにして何度かうなずいていた。

「あー、わかったわ! ほな、手前のコンビニまでいっしょやわ」



大きく一歩、地面を蹴ってなめらかに彼が前へと進んでいく。

「ほれ、さっさと行くで」
「あ、うん!」


やっぱり流れをつかむのが上手だ。ゆっくりと進むタイヤは、わたしの歩く速さとちょうど同じくらいだ。









民家の間に建つコンビニは、そこだけ明るさが違っていてすごくよく目立つ。

「なんや腹減ったわ。なんか食うか?」
「わたしはいいよ」
「遠慮すんなや。せや、今日は俺が奢ったるで」
「気持ちだけで十分だよ」

本当はお腹が空いているし、奢ってもらえるなんておいしい話をみすみす逃したくはない。
けれでも乙女心は複雑なのだ。



「なんや、お前ぇ……」


じっと内面までをうかがうように鋭い視線がわたしを突き刺す。

「腹減っとるんやろ? ちょおそこで待っとれや。先に帰ったりしたら、明日からお前の立ち位置もこっち側やで?」
「何それこわい。最低の脅しだよ」

わたしの反応に気を良くしたのか、大きな声で笑いながら彼は自動ドアの向こうの明るい建物へと消えていった。









「ほれ」

そう言って差し出されたのは、紙パックに入ったココアだった。
おそらくレジで会計を済ましてからずっと上下に振り続けていたのだろう。やわらかな側面がちょっぴりへこんでいた。

「これくらいならセーフやろ。ちっと付き合えや」

彼自身は、季節外れの肉まんとおでんを購入したらしく、袋から出すのと同時に素早く胃袋へと納めていた。
もらったココアへちびちびと口をつけていたが、空腹と疲れた体に甘いものがしみて、ふわっと心が落ち着いた。


「ダイエットいうて体壊してもうたら、元も子もないやん」
「……やっぱりばれてたんだ」
「当たり前や、俺を誰やと思てんねん。お前の様子がおかしいことなんて、すぐに気ぃついたわ」
「え?」
が食い物に釣られないなんて、まじでありえへんやろ」
「ひどい!」

少しむきになって食ってかかると、いつもと違う笑顔の一氏くんがそこにはいて、何も言葉が出てこなかった。


「必要ないと思うけどなあ」




いつもの軽口とは雰囲気が違った。一氏くんもそれからそのことについて何も触れないで、食べ終わった後のごみをぱぱっとまとめて捨てて、わたしのバッグを返してくれた。
挨拶もろくにできないまま、先ほどとは比べられないスピードで自転車が遠ざかっていく。