はじまることはなかったけれど

退廃的ともいえる今の平家に残っているのは、本当に戦を楽しんでいるから。
勝ち負けには、こだわっていない。ただ、目の前に戦があるから、加わりたいから、彼は残り続けているのだ。






「また、戦だそうですね」


鎧をまとわない着物だけの背は、まっすぐに伸びていた。
立っている姿、座っている姿、剣を構えている姿、すべての動作に気品を感じさせるのは、さすがというべきか。
幼いころに仕込まれたであろう作法は、獣に近い今の彼の雰囲気とあいまって、女性なら思わず惑わされてしまいそうな色香を放っていた。


まだ冬を偲んでいるのか、庭先には溶け残った雪がいくらか見られる。
寒さに震えることもなく、その背は気丈に天を指していた。





「お前は、ここに残れよ」

うつむくわたしに、いつもと変わらない調子の声で彼は言った。



「え・・・」
「それか有川の船で、西へ逃げろ」


彼の目指すものにとって、わたしは重荷でしかないことは知っていた。
わたしがいることは、どうしてもプラスにはなりえない。知っていた。


だから、この思いを一度も口にしたことはない。それでいい。
ただ、近くでこの思いをくすぶらせるだけで。こうしているあいだに、彼のいちばん近くにいるのは、わたし。それでいい。




それだけで、いい。