メロディだけが、とうとつにわたしの脳内を占領した。





甲板にひとりで立ちながら夕暮れの海を眺めていたときのことだった。
なつかしい曲を思い出していた。遠い昔に、何度も何度もうたった曲。
わたしの幼少期は、いつも夕暮れな気がする。赤く染まるわたし、母、父、友だち。

でも思い出したそれは不完全で、虫に食われた衣服のようにところどころに穴があいているみたいになっていて、わたしはしばらくもやもやとしながら海を眺めていた。

途切れ途切れなメロディを鮮明にさせるように、口先からつむいだ。



人の記憶は、衣服を取り繕うように簡単にはできていないようで、潮風にかき消されるわたしのうたは、どこか音がずれていて、昔に自分でうたっていたものとはまるでちがったもののように思えた。

正解だとは思わないのに、まちがっていることだけは、なぜかはっきりとわかっていた。


ときどき止まって、記憶を探る。また、うたう。
何度か、そうしていた。







わかるところだけうたっていると、ふいに声が重なった。
幼いころにきいた父の声より少し若い、男の声。

甘寧がいた。




意外に繊細な声でうたう。戦時の印象が強いせいか、歌声と彼とが結びつくまでに時間がかかった。
彼がうたう度に、の記憶のもやはだんだんと晴れていく。


甘寧の声にあわせて、もメロディだけでうたう。
そういえば、こんな歌詞だったのか。いつの間にか背後に来ていた甘寧は、うたいながら器用に笑ってみせた。
細められた目元に、いつもとは違う彼を見つけて、ふいに胸が高まった。








「まさかお前がこのうたを知ってるなんてなあ」
「うん、わたしも甘寧が知ってるなんて思わなかったよ」



だよなあ、と笑って甘寧は船の壁に背中をあずけた。
先ほどまでうたっていた人じゃないように思えて、なんだか気が抜けてしまった。
あの美しい歌声は、思わず見惚れてしまった横顔は、夕日のせいで感傷的になったわたしの作り出した幻覚だったのだろうか。

そんなことは、ない。それは、わたしがいちばんよく知っている。



「ってことは、生まれた場所が近いのかもしんねえな」
「あー、そうかも」


大人からこどもへと伝わるそのうたは、その土地だけのもので、他の地域に広まることは考えにくい。 つまり、わたしや甘寧は生まれた地域が案外近かったかもしれない、ということだった。

いろんな地方から人が流れて、集まるこの時代に、このうたを知っているのはいったい何人くらいなんだろうか。


だれに聞いてもわからないと思っていたそのうたを、甘寧が知っていた。
そうだ。迷ったときに、わたしを導いてくれるのはいつも甘寧なんだ。



"パイロット‐ランプ"