Sentimental waltz.
いつものように、小さな背中だった。
大きく開いた装束からのぞく色白の背が、ひとりでたたずんでいた。
整えられた城の一画にある、手入れの行き届いた庭にめぐみを見つけたのは偶然だった。
人を避けるように城の端にある渡り廊下を歩いていたら、そこに彼女を見つけた。
春夏に見せる美しい姿を厚い雪で覆い隠している冬の庭は、心細いほど静かで、寂しい。
「寒くないのか」
声をかけると、猫のような目がこちらをのぞく。
なぜかはわからないが、その大きな瞳が一瞬ゆらいだように思えた。
「訓練してるから、平気」
「そうか」
めぐみが視線を外して、遠くを見つめた。
その背に、自分の外衣をそっとかける。
「馬超、わたし寒くないよ」
「見ているこっちが寒い。気に入らないかもしれないが、しばらくそうしていろ」
「そっか」
馬超のにおいがするね、と言って、彼女の白い腕が、俺の貸した外衣をぎゅっとにぎった。
その姿はまるで、彼女が彼女自身を抱いてなぐさめているように見えた。
ほかに頼れる人間などなく、彼女は自分ひとりしかいないような感じで、気丈に立ち尽くしていた。
「何か、あったのか」
「なんでもないよ」
彼女はこちらを見ない。
「そうか」
彼女にかける言葉が見つからなかった。
こんなとき、言葉を持ち合わせていない自分が、無力に思える。
いくら槍を振るおうと、戦に勝とうと、目の前のひとりの人間にかける言葉のひとつさえも持たない自分が小さいものだと思えた。
「馬超、」
いつの間にかこちらを覗きこんでいためぐみが、呼んでいた。
「あ、ああ・・・」
「わたしの、せい、だね」
迷惑かけちゃって、ごめんね、めぐみが足元を見つめた。
自分でも気づかないうちに暗い顔をしていたようだった。
違う、とか、そんなことはない、とか言えたはずなのに、馬超の口からはなぜだか、ひゅぅ、という木枯らしのような息しか吐き出されなかった。
めぐみが仕事から戻ってきているというのは、少し前に侍女から聞いていた。
彼女の仕事はおもに諜報活動で、背の開いた黒い装束はそのときに身に着けるものだった。
身のこなしは軽く、剣戟のかわりに飛び道具や片手持ちの短剣などを得物としている。
そして、必要とあらば閨房へも赴く。
むしろそれこそが、彼女が諜報を行う上で重要な役割をはたしていた。
「ごめん、でもわたし、少し疲れちゃった」
めぐみは、いっそう強く、貸した外套を握りしめた。
かすかにふるえて、こらえきれない嗚咽が耳に届く。
すきでもない男に抱かれるなど、まともな神経だったらできないはずだ。
それを蜀のため、殿のためと、自分を犠牲にしてきたのだろう。
いまの蜀があるのは、彼女のような者がいたからだと馬超は心のそこから思った。
外套を握る手が、力をこめすぎて血が出そうだと思ったから、そっとその手をとった。
「大丈夫だ。だから、落ち着け」
弱音を吐く姿など想像もできなかったし、こんなにもろいなんて考えてもみなかった。
涙をためた瞳が、まっすぐにこちらを見てきた。
思わず口をついた言葉に、彼女の瞳がゆらいでいた。
頼る相手がいなかったら俺を頼れ。(お前は決してひとりなんかじゃないんだから)
----- 感傷的なワルツ .