繕ったよわさ 呂蒙がその力強い顔を意味ありげな笑いでゆがめたから、甘寧もそれにならった。にやり、笑って呂蒙の背中を指差すと、彼はその背からまるで手品を見せるかのようにして酒を出してみせた。 今度こそ甘寧は声をたてて笑った。 向かい合って酒を酌み交わす。一献、また一献と飲むたびに酒はまるでのどを焼くかのように、熱い。いくら飲んでも甘寧は酔いを感じることはなかった。飲むといつもより気分がよくなるが、我を忘れるほど酒に呑まれたことはない。 祝宴のときなどで浴びるように酒を飲んでも、それほど酔ってはいない。ただ、それが自分の役割だとわかっているから、うかれて、馬鹿をする。演じているわけではないが、すべて自然な行動というわけでもない。目の前で少し酔い始めた男などはそれを知っていて、こうして2人だけで酒を飲みたがる。甘寧も、それを受け入れる。 目の前の呂蒙が、笑っていた。見ただけでその頬が熱をもっているのがわかる。楽しそうに、笑っている。酒がまわっているのか、声が少し上ずっている。 しかし彼との付き合いは、決して短くはない。彼が何を言いたいのか、大体わかる。相手もそのことを、おそらく気がついている。そして酔いながらも、いつ言えばいいのか機会をうかがっている。甘寧も気づいているが、呂蒙が言うまでそのことには触れないようにする。 それでも、それは素面のときにはお互い聞きにくいし、言いにくい。そういう面で、酒は必要だった。酒が入ることによって饒舌になる。思わず言わなくてもいいようなことまで、口からすべる。すべるということは、心のどこかでそれを誰かに聞いてほしいということなのだろう。だから、こうして2人で酒を飲むのだ。 「凌統のことだが」 きた。その名前を聞くと予想していたにも関わらず、甘寧は一瞬身構えた。 「あいつがどうかしたのか」 「余裕だな・・。なあ、お前はいつまであいつの仇討ちに付き合ってやるつもりだ」 呂蒙は先ほどまでと変わらない。変わらず酒を飲み、ろれつもまわっていない。けれども、その目はまっすぐ甘寧を見据えていた。 「俺は、あいつの気の済むまでつきあってやるつもりだぜ」 甘寧もその目をまっすぐとらえた。どちらともつかずに、その交差する視線を外した。そして酒をあおる。その味は、もはや記憶に残っていない。ただひたすらにあおって、何も考えつかなくなればいいと思った。いつもよりペースが早いことは気づいていたが、呂蒙は止めようとはしなかった。 「くだらない、とは思わんのか」 「思わないな。そういうあんたはくだらないことだと思うのか」 不精ひげの中にある唇が、孤を描いていた。見下しているような類のものではない。実に、楽しそうに。黒目がちな瞳が、すっと細まった。 「まあ、自分の立場から見ればそう言えないこともないがな。くだらないというか、ばからしい」 「おいおい、ひどい言われようじゃねえか」 「悪い意味じゃない。お前たちを見ていると、羨ましいとさえ思う。もう、若くないのかもしれないな」 「ははっ、いよいよおっさんになってきたな」 「なんとでも言え。いずれお前もこうなるのだからな」 呂蒙が言うと、甘寧は嫌そうに顔をひそめた。それを見て、呂蒙は満足そうに酒を注ぎ足した。 「まあ、そうやって俺を敵視することで自分を保っているんなら、俺は憎まれてもいいって思う」 急にまじめになった甘寧に、目の前の男はあえて調子をくずして噛み付いた。 「おっ、男だなあ」 やさしい男だ、そして強い。とろんとまぶたが落ちかかっていたが、呂蒙はそれに抗って目の前の安い酒を飲み続ける男を眺めた。 甘寧と凌統の気持ちは同じはずだ。甘寧はそれをわかっているが、凌統にそんな気配は見られない。自覚もしていないのだろう。父親を失った悲しみを甘寧にぶつけることで一時的にまひさせてはいるが、いずれ自分のしていることは憎悪からくるものではないというのを理解する日がくるのだろう。甘寧はそれまで待つというのだ。それまでいくら憎まれても構わないというのだ。 互いに慕いあっているのに、片方はそれをわかっていない。もし他のだれかが甘寧の立場だったら、あやまちでも犯してしまうようなことではないのか。無理矢理にでもそれを犯してしまうことではないのか。一体どんな気持ちなのだろう、この男は。腹を探るかのように呂蒙はじっと見続けていた。 「どうかしたか」 不敵に甘寧が笑んだ。口元を片側につりあげて笑んでいる。見抜かれたか? 呂蒙は考えたが、互いの間で隠し事が通用することはないと、すぐに思考を切り替えた。別に見抜かれてどうというわけでもない。相手も同じだろう。見ると甘寧は安い酒をうまそうでもまずそうでもなく、飲んでいた。 強い男だ。そして、やさしくもある。 |