夢に見た昼食
食堂のいすとテーブルは華奢な白木づくりで、大人になったらこういう場所で生活したいという、幼いわたしがこがれた風景だった。白を基調とした室内。明るく感じることができないのは、慢性的な疲労と、姿の見えない恐怖と闘い続けているせいなのかもしれない。
こめかみを指でおさえて、いすにもたれかかる。ぐっと、重力と疲労がわたしの上にのしかかり、それらの重みでいすが軋んだ。少しやせなければ、と思ったんだけれどお腹が切なく鳴いていたから今は目の前のランチを堪能することにした。パスタとホワイトソースが絶妙に絡み合っている。こしょうのにおいに刺激されて、お腹がまた少し反応した。とても、おいしそう。
「、お昼かい? ああ、カルボナーラもおいしそうだね」
一口めを食べる直前という、悪意に満ちたタイミングで注意を逸らす周到さ。無視して、口元へ丁寧に巻きつけたパスタごとフォークを近づけたときに、彼はわたしのとなりに席をとった。
ガチャリ、とフォークを皿にたたきつけた。ホワイトソースが跳ね上がり、テーブルとわたしに飛びかった。わたしはちょっと怒っている。
「どうしてこちらに? ほかに空いてる席もあるでしょうに」
「いいじゃないか、ぼくの勝手だよ。しいていうなら、のとなりがいいからさ」
おかしなことを聞くんだね、とでも言いたげに笑って、コムイはそのまま腰をおろした。
不愉快です、と全身全霊をもって伝えようとしているのに、彼は関係ないように笑っている。彼の姿をとらえることさえ億劫に感じられて、視線を下げた。今日のコムイのランチは、ラザニアらしい。
ラザニアも、おいしそう。ミートソースとチーズが、オーブンでこんがり焼かれたいいにおい。わたしはとてもお腹が空いていて、いまは食べ物のことしか考えられないってくらい、食べ物のことだけを考えることができた。わたしの脳内で「ラザニア>コムイ」の不等式が確立したとき、ラザニアよりも小さい存在のコムイが、何かいいことでも思いついたのか(うさんくさいことこの上ない)笑顔でこちらに話しかけてきた。
「少し食べるかい? 小皿をもらってくるね」
わたしが口を開くよりも先に、彼は座ったばかりの席を再び空けた。調理室へ向かう彼の姿を、わたしは目で追いかけるほかなかった。上着のすそがひらひらとゆれている。そしてわたしは、はっとした。
わたしは小さなころ、おしゃれなお店で恋人とふたり、ランチを食べることにあこがれていた。テラスでまぶしいくらいの光を浴びて、ふたりで白木づくりの華奢なテーブルといすにかけながら、こんなふうに。
別にコムイとはそういう仲ではないけれど、と弁明してみる。自分に。別に、先に食べようと思えばそれもできたけど、少し早足で戻ってきた彼を待って、いっしょに食べ始めた。
わたしのカルボナーラはすこし冷めてしまっていたのだけれど、ラザニアがおいしかったから別にいいや。
( My wish was fulfilled. )