のろまな鬼事 ;; 言葉をなくして、ぼうっと扉の前に立ち尽くしていた。風を受けてレースのカーテンがゆれている。それはまるで催眠術の振り子のように、アッシュの思考を鈍らせていた。 鈍った思考でも、グローブごしにつないだ手や、カーテンのわきにたたずむ質素なベッドのことはやけにはっきりと認識していて、むしろそれらのことを意識しすぎてほかのことがぼんやりと実体をなくしているといったほうが正しかった。かげろうのように、世界が不安定だ。 気が気じゃない。これからのことを想像して、冷静ではいられなかった。 ガイがためらいがちに扉をしめて、その音で我に返った。ふたりで扉の前に立ち尽くしていた。相手がどんな様子か気になるし、見上げるとおそらくそこにはガイの顔があるのだが、いまの取り乱している情けない表情を相手に知られたくないからずっとブーツのつま先を見ていた。首が痛くなるほどうつむいていた。 お互いに言葉をさがしているのがわかるが、喋ろうにも焦りやら緊張やらでまとまらない。口を開くよりさきに、ガイが歩き出した。つながれた手に力がこめられていて、泣きたいくらいにうれしかった。 引っ張られるかたちでベッドの前までやってきて、そこで止まった。ガイがベッドのはしに勢いをつけて腰を下ろすと頼りないベッドが軋んだ。変なほうに考えて頬に熱がこもったが、これから自分たちがするのは「そういうこと」なのだ。呼吸の仕方さえ忘れそうになりながら、アッシュもその横にかけた。抑えようとして、余計に息が荒くなる。まるで変態だな、とアッシュは自分のことを思っていた。 実際そうなのかもしれない。アッシュは男だが、ガイもまた男だった。友情と、それ以上の濃密な関係の線引きなど、曖昧なことこの上ないのだと知った。 手はつないだままのふたりだったが、間には微妙な距離があった。いまさらそれをつめるのも、と思い悩むアッシュをよそに、ガイがベッドの上をにじって進み、肩が触れるくらいのところまで近寄ってきた。 そっと、視線だけをガイに向けると、ガイもアッシュのことを見ていた。互いの瞳が合わさったことが口火となり、まるでろうそくの炎がゆらめくような動作でふたりは絡み合った。ふざけてじゃれあう小さな動物のようにではなく、毛糸と毛糸が絡まるように自然だけれども、どうしようもない、結びつき絡まって離れられないような感じで。 ガイの髪の毛がまるで猫のようにやわらかく、心地よかった。眠さにも似た幸福感に、うっとりと瞳をとじる。酸素を求めて息を吸うと、空気にさえ濃密にガイの気配があった。 |