空に手が届く ;; おとなになって、父さんや母さんみたいに大きくなったら、きっと空にさわることができるって。俺はそんなことを考えていたこどもだった。 いまになってみて、あのときの自分とずいぶん変わってしまったのだと、立ちくらむ。成し遂げたいこと。それは空をつかむことじゃない。過去との決別。脊髄に染み付いた暗い、黒いものを払拭すること。そのためにいろんなことをしてきたし、いろんなものをなくし、そして捨ててきた。 知らないうちに俺は手を伸ばしていた。あの空をつかむため? なにかから逃げてあがいているだけのようにも、おぼれないように必死にもがいているようにも思えた。 ゆっくりとまぶたを押し上げると、がおどろいた様子でこちらを見ていた。「笹塚さん?」と、遠慮がちに俺の名を呼んで、近くのテーブルにコーヒーの入ったカップを置いた。 夢、だったのか。寝ぼけて伸ばしたうでは、の頭をしっかりとつかんでいた。おばけのQ太郎みたいにおろおろするを見ていると、夢のなかの出来事がどうでもよく思えた。小さいころにあこがれていたものに、やっと触れた気がした。 |