或る遠い日の ;;




「頼みたいことがある」


めずらしく素直だ、とガイは思った。内容も聞かずに「いいですよ」と受け入れると、うなずいてからルークはこっちだ、と態度で示した。半身をひるがえし、ガイをじっと見ていた。ガイもうなずいて、そのあとに続いた。それを確認して、ルークは颯爽と歩き始めた。




ようやく着いたそこは、日当たりが悪くやや埃っぽい感じのする部屋だった。広いファブレ邸の限りなくはじに近い部屋だった。屋敷のなかで、きれいなものにしか触れてない印象のあるルークがこの部屋を知っていたことにガイは感服した。室内に家具はすくなく、いま使っているものが壊れたときのためにある予備のいすやテーブルが何組か忘れ去られたように置かれ、そのほかに長いあいだ調音されていないであろう、少し音のずれた古びた白いアップライトピアノがあった。


ルークはそのピアノの陰から、普段から使っているヴァイオリンを取り出して、神妙な顔つきでガイのほうを向いた。


「おまえに伴奏をしてほしい」
「私に、ですか?」



こくりと頷き、ガイに楽譜を差し出した。ガイは、まごつきながらもそれを受け取り、さっと目を通した。


「やれと言われればやりますけれど、今さらルークさまが練習する必要なんてあるんですか」


ルークはいくつか習い事をしていて、そのうちのひとつがヴァイオリンだった。ヴァイオリンに限らず、剣の扱いや一般常識、帝王学や品性などさまざまなことを学んでいて、そのどれもすばらしい成績で自慢の息子だと屋敷の主人がそれはたのしそうにはなしていたことを、ガイは強烈な憎しみとともに覚えていた。



ガイにたずねられると、ルークは答えにくそうに押し黙り、ちいさなヴァイオリンを抱きかかえて下を向いた。思わず声がとげとげしくなってしまったことを敏感に察知したのだろうか。つくづく面倒な相手だ。


「このあいだの授業で、あまりうまくできなかったから・・・」


ほんとうだろうか? 以前ルークのヴァイオリンの授業に付き合ったことがあったが、講師を務める女楽士が涙を浮かべて両手を激しく打ちつけて感動するほど、教えられた通りに演奏できていたはずだ。そもそも気位の高いルークが使用人である自分に対して「うまく弾けない」などと、弱みを見せること自体、珍しいことである。いろいろと思うことはあったが、ここで下手に断って屋敷に居づらくなるのはごめんだったので、ガイは、

「わかりました」

そう言って、ピアノの前に座った。









「やっぱり、ガイがいい」

ヴァイオリンを構えて、今まさに弾きはじめるその瞬間、ルークからぽつりと漏らされた言葉に、ガイは耳を疑った。なぜかルークの方を向くことができず、平静を装おうとしている自分の行動が理解できなかった。なんで自分は動揺しているんだ?


























まだアッシュがルークで、ガイが屋敷に来たばかりのころの、或る遠い日の、