03 まさか気がつかないとでも?



張遼軍は数日前から洛陽を離れ、遠征の訓練のため野営をしていた。軍に女がまじるといろいろと不便なことが生じたが、の人柄もあってかみんなうまく適応しているようだった。もっとも、そのような些事を気にかけるようでは張遼軍の調練に耐えられるはずもない。

前線に立つことの多い張遼軍の初の女兵士がだった。



はじめのうちは、寝所を(といっても土の上に雑魚寝だが)分けることをは是としなかった。しかしそれは張遼もまわりの兵たちも譲る気はなく、彼女はしぶしぶ布一枚向こうで眠ることになった。








「私だけ特別扱いしてもらうわけにはいきません」

ある日、は張遼に直談判した。


「勘違いするな、今は女人はお前しかいないが、これから増えることがあればおなじようにするだけだ」



は悲しそうに瞳をすぼめて、それから何も言わずに礼だけして向こうへ消えてしまった。そのとき張遼は、はじめて彼女が女扱いされることを嫌うことを知った。けれども彼女に対する態度を改めるつもりはなかった。



去り行くの背が、ふいにかつて自分が心酔していた将の愛したひとを思い出させた。戦場を駆ける女性に、彼のひとの末路を重ねてしまうのか。風にのって漂ってきた彼女の香りが、彼のひととはちがうことにどこか遠くで安堵しつつ、気持ちは嵐に煽られる杉の林のようにざわざわと波打っていた。










まさか張遼、己の気持ちに気づかぬふりでもするつもりなのか。
とは、天の声やもしれぬし、大国・魏を築き上げた張遼の仕える主君たる小男の心の声かもしれない。