名を ;;




起きる時間は特に決めてはいなかったが、一緒に旅を続けていると生活のサイクルが似てくるもので、自然と朝食を囲むテーブルにはみんなの姿が並んでいた。ホテルでの朝食は定番ベーコンエッグと、ブレッド。合わせて飲み物は、好みによってオレンジジュースやコーヒーなどが選べた。


「おい、それを取ってくれ」



ベーコンがかりかりしていそうで、おいしそうだった。ベーコンエッグを食べる直前で動きを止めて、テーブルの向かい側に座る男に声をかける。しかし、言われた相手はもくもくと食べることをやめようとはしない。

聞こえていないはずはなかった。確かにほかの宿泊客や従業員の話し声はあったが、テーブルをはさんで向こうまで届かないほどうるさいわけではない。いつまでも渡す気配がなかったので、同じテーブルを囲むティアやアニスは不穏な空気を察知して、先ほどまでしていた買い出しの話を静かに打ち切った。ジェイドはコーヒーの味を確かめるようにして聞き耳をたてていたし、ナタリアは不安そうに様子をうかがっていた。



「ガ、ガイ。お前に言ってるんじゃねえか・・・?」


いつまでも答えようとしないガイのとなりに座るルークが、とうとう冷たさを増していく空気に我慢できずにガイの肩をゆらした。いま気づいたという態度を全面的に押し出して、しらじらしく「ん、どうした、ルーク?」、そう言っていい人そうに切り出した。


「や、だから、アッシュがおまえに塩こしょうを取ってほしいって言ってるんだよ!」


露骨に嫌な顔をするガイのとなりには困った顔で叫ぶルーク、正面にはほとんど同じ顔のつくりをしているアッシュがベーコンエッグを食べる前の体勢を律儀に維持していた。ほとんどいっしょなくせに、表情がはっきりとふたりをわけ隔てていて、できの悪い人形の組み合わせようにちぐはぐな印象を受けた。



「はじめて知ったよ」
「ガイ!」


誰か助けてくれ。そう本気でルークは叫び出したかった。

「ちゃんと名前を呼ばないと、何がほしいかわからないだろ」
「うっ、いや」

「単に自分の名前を呼んでほしかったんでしょう、アッシュに」






尻すぼみになるルークの言葉にかぶせるように、ジェイドがぽつりとこぼした。自分が飲んでいる砂糖やクリームが一切入っていないブラックコーヒーのような一言を。モカブレンドの酸味がガイの脊髄を伝って脳まで届いたように思えた。



「ガイ、塩こしょう」
「お前も本気にするなよ・・・」


頭を抱えながら、ガイは空いているほうの手でスチール缶に入った塩こしょうをアッシュの前に置いた。ようやく手にした塩こしょうをたまごの上にふりかけ一口大に切り分けて、ベーコンといっしょにフォークで刺し器用に口へと運ぶ。

ジェイドは飲んでいるコーヒーがなくなったと言って、そつなく席を立った。普段、自分から動こうとしない彼の性格から考えると体よく逃げたと言えるだろう。


「ベーコンエッグには塩こしょうなんだろ」



そういえばガイはしょうゆ派だったな。幼いころ、ベーコンエッグに塩こしょう以外の食べ方があることにおどろいた。ガイも同じ気持ちだったんだろうか? だとしたら幼いころの自分はまだガイのなかにいるのだろうか。さらわれる前のルークを、ガイは覚えていてくれるのだろうか。