もみのき ;;





郭嘉の手がわたしの髪をさらってゆく。たくさんの女の人を知っている手。いまはわたしに触れている。
郭嘉がわたしに触っているというだけで、わたしの髪の毛はそのひとつひとつに神経が通っているかのように敏感になっている。




堪えきれなかったのか郭嘉が小さく吹き出した。

「借りてきた猫」


その言葉にわたしはフーッと猫がするみたいな威嚇でもって返した。
すると郭嘉は、面白そうにして笑った。











郭嘉には底の知れない実力と、余裕と、経験がある。
わたしは郭嘉より年下だけれど、きっと郭嘉が今のわたしくらいのときにはすでにたくさんの女性と接していたはずだ。



そんな彼が、わたしなんかに興味を抱いたことに驚いた。
一介の文官でしかないわたしだ。取り立てて美しいわけでも、それを補うだけの才があるわけでもないのに。


すきでもない女性と寝る悪い男、と先入観を持っていたせいで打ち解けるまで時間がかかってしまったけれど、実際に話してみると郭嘉は頭の回転が早いので話下手なわたしとも会話がつづいた。
節度を保った態度で接してくれた。
段階を踏んで進んでいく意外な誠実さに、わたしは、郭嘉に徐々にひかれていくのを感じていた。


ゆっくりとした日々をすごすわたしの耳に、郭嘉が女性の誘いをすべて断っているという報が飛び込んできて、息が止まりそうになった。
ひょっとして本気なの、と直接彼に聞けるほどわたしに勇気はなかった。






日も暮れて、ちらほらとまわりの席が空いていくころに郭嘉がやってきて、いっしょにごはんを食べにいくことになった。
気持ちは完全に彼に傾いていた。
それなのに、いざ触れられると穏やかではいられない。
いっしょにお酒を飲むのはこれで何度目かはもうわからないけれど、こうして触れられるのは初めてだった。














どぎまぎするわたしに、郭嘉は妙にうけていた。
くやしそうに言葉を探すわたしを余裕たっぷりで眺めている。

「郭嘉はこういうのなんでもないんだろうね」
「ん?」
「わたしなんか今まで付き合ったことのある人、片手の指で数えるほどしかいないから、慣れない・・・」
「・・・」


しどろもどろにそれだけ伝えると、郭嘉の雰囲気が変わって、さっきまでの楽しさは雲散霧消していた。
細められた瞳に見つめられると、危ないとわかっているのに、この場から離れることができそうもない。
なに、この気持ち。



「妬ける」

わたしの髪をすいていたはずの手は、いつの間にかわたしの後頭部を支えていた。


「昔の男の話など、するもんじゃないな」
「そんな、大したことじゃないよ」
「俺としては裏切られた気分だ。こんなに俺が我慢して我慢して接してきたのに、お前今まで男と付き合ったことあったのか」
「いや、付き合うっていうかー・・・」
「もう知らん。悪いのはお前だ」


付き合うっていうか、すいません、ちょっと仲いいかなってくらいの関係です。見栄張ったんです。
ごはん食べたり、お酒のみに行ったりするのは郭嘉さんだけですよ。


わたしの口内を蹂躙する郭嘉も、途中でそれに気がついたのか、乱暴さではなくわたしの弱いところを巧みについてくる嫌らしさでもって、わたしの思考能力をどろどろに溶かしていった。
そうして開放した後、ぐったりするわたしの頭頂部をあやすように2度ぽんぽんとなでた。
郭嘉はいつもの、なんとなくだけれど、くつろいだような表情で「そういうところがいいよ」と上から目線で言った。