装いも新たに ;; 入室を告げるノックの回数は、お手洗いと区別するため3回。ノックする前に呼吸を整えておけばよかった。緊張で息が浅くなる。 「ほーい」 聞こえてくるのは、いつもと変わらない間延びした声。変わってしまったのはわたしの立場。同じドアをくぐるのに、昨日までノックなんてしたことなかった。 「失礼いたします」 言って、おじぎ。顔を上げると、面食らったスペインの顔がそこにあった。 「? どないしたん、そない改まって・・・」 「ご挨拶に、と思いまして」 慣れない敬語に舌を噛みそうになる。 ほんの少しだけ考えるような素振りを見せて、スペインは困ったときによくするように眉尻を下げて笑った。 「あくまで俺の上司がしたことやから、俺の前で敬語はなし。っていうのはどうや?」 「そうゆうわけには、いきませんから・・・」 「そうかあ」 めんどくさいこと言うてもうてごめんなあ、とを困らせてしまったことをスペインは詫びた。 持っていた書類を乱雑な机に無造作に置くとさらに無法地帯と化すが、彼のなかでは作業しやすいように秩序ができている。 別にあんたが謝ることじゃないじゃない。そう思っても、伝えることはできなかった。 「ほなせめて」 急に立ち上がり、と向き合うようにする。 の襟元にスペインの手が伸びる。昨日までなら、ここで平手が飛んでいたはずだ。はされるがまま目を閉じた。 タイをほどき、ボタンをはずしていく音が、やけに耳に響く。 衣服に覆われていた首元が外気に触れ、ぞわりとあわ立つ。 「ん。これでええやろ」 上から2つめのボタンを外したところでスペインの手は止まった。 恐る恐る目を開け、意味がわからなといった風に彼を見つめると、いつものように気の抜ける笑い方で答えた。 「そんなきっちり着とったら息苦しくてしゃーないやろ。大体、男もんの服をが着るっちゅーこと自体、無理があんねや」 「ですが、だらしないと思われてしまいます」 「せやなあ・・・」 するとスペインは自分が着ている服を脱いで、そのまますっぽりの上からかぶせた。 が着るには少々大きめだったが、胸元の息苦しさは改善された。 「これで堪忍。な?」 そこで同意を求められても困る。 言葉にはしなかったものの、知らないうちに唇をとがらせていた。いけない、これでは先が思いやられる。 思わず口から飛び出そうな悪態をこらえているものの、そうするとわたしはなんと言っていいかわからなくなってしまった。 「そないに見つめられると・・・照れるやんか」 スペインの手のひらに視界を遮られて、目の前が真っ暗になる。 「困ったことがあったら言うてや。力になったるから」 聞こえた声のあたたかさが、何よりわたしの支えだ。 |