10 きみを欲す




力の差は歴然だった。馬超の攻撃をいなすつもりが力で押し負け、が馬から落ちる。体を打ちつけた衝撃でなかなか次の行動に移れないところに馬超が槍を振り下ろす。 肉を断つ感触はなく、硬質ななにかがそれを受け止めた。鍔迫り合う感触。受け止めたのは偃月刀だが、のものではない。



「武人の勝負に割って入るとは、噂に名高い張遼もなかなかに無粋なものだな」
「私は武人である前にひとりの将として戦場に立っている。部下は守る」

から離れるようにじりじりと押し合う。が体勢を立て直すのを視界の端にとらえ馬超に向き合うと、口の端を歪めている。どうやらそれが彼の笑い方らしい。


「言い訳をするなよ。理由なんか後付けだろ。お前はこいつのために駆け出したのだ」




歪んだ笑みはどうやら侮蔑の色が濃かったかららしい。喋りながらも鋭く切り込まれ、打ち合う。先ほどまでと戦っていたときよりも強い。人馬一体となって槍を振るう馬超。確かに強い。攻撃に無駄が多いように感じるが、意識していない方向から切り込まれるため却って防ぎにくい。




「お前の帰る場所はここなんだろ、


戦いながらに向けられた言葉に、思わず張遼は振り返る。が力強く頭を振っていた。
その隙に馬超が張遼との距離を空ける。


「そのためには俺の首か、撤退が必要なんだろ」
「そう。でも孟起のことも心配」
「心配されるような男か、俺は」
「・・・そういうところが」
「なるほど」


馬超は確かに強い。怖いものは何もないと思っている。死すらも恐れていない。死んでほしくない。
言葉にしなくても伝わる程度に馬超とは同じ時を過ごした。



追われても逃げ切れるくらいの距離から馬超が槍をかかげる。

「馬超は戦闘中に負傷し、撤退を余儀なくされた」


全くの嘘だが、答えるようにが告げる。

「気をつけて」



背を向けて馬超が槍を左右に振るった。手を振るように、まるでそれが別れの合図だとでもいうように。











馬から下りて張遼がの横に立つ。


「無事か」
「ええ。将軍のおかげです」



偃月刀のを杖代わりになんとか立っている彼女に肩を貸す。鍛えているとはいえ華奢な肩だった。色事とは遠く離れた戦場でそれを思い知るとは、なんとも皮肉である。


「殿の命により埋伏の毒として蜀軍に紛れておりました。これより私の所属は殿の直轄部隊となります」
「単独で移動するのはまずい。お前は裏切り者だと思われている。この戦が終わるまでここにいろ」




つい命令口調になってしまう。はじめから何も変わっていないような気もするし、何かが大きく変わったのかもしれない。一周して、またはじめからになったような気もする。
気まずそうにこちらを見上げるの視線を受け止める。張遼は以前ほど複雑な思いを抱いてはいない。答えが出たのだ。



そう、はじめから決まっていた。優秀な兵を欲していたように。
振り出しに戻ると答えは随分とシンプルなものだ。