転び、再び叫び ;;




勤労であることと残業時間の多さはイコールではない。とはいえ、周りを見ると定時をすぎても席を立つ気配はないから、のような下っ端には帰り辛い雰囲気だ。 ましてや仕事が片付いていないのだから帰れはしない。手元のマグからコーヒーをすすると、すっかり冷めていた。





ふわあ。口元がゆるゆるとみっともなく開く。今日も1階事務所のラストだった。
戸締りをしていると、会議室から明かりがこぼれている。誰かの消し忘れかと思い、環境によくないだとか悪態づいてそちらへ向かうと、何やら物音が聞こえてくるのと人の気配を感じた。

そっと覗き込むと、スウェーデンが黙々と書類を束ねていた。


「お疲れ様です、スウェーデンさん」
「ん、遅くまでご苦労」

言葉少なに返答すると、スウェーデンは再び作業に没頭する。


「明日の会議の資料ですか」
「んだ」


規則正しく並んだ紙を1枚ずつ重ねてホチキスで留める。スウェーデンの動作は速くて正確だったが、いかんせん紙の量が多すぎる。そもそも彼のような立場のある人間がなぜこのような雑務をこなす必要があるのだろう。というか、そもそもコピー機のソート機能を使えば早いのでは、と思ったがA4とA3サイズが混ざっていたからで、A3サイズの用紙がA4サイズに合うようにぴったりとずれもなく織り込まれているのを見つけて、仕事の細かさに胸が震えた。


「お前は今日の分の仕事終わったんだべ。さっさと帰れ」
「いえ、私が代わりにやりますよ」
「いらね」

ぴしゃりと言われると、スウェーデンの性格を知っていてもつい怖いと思ってしまう。低い声と威圧感に、は雷に打たれる木のように真っ二つに割れ、力なく倒れる様子を自分の気持ちに例えようとしたが、ぐっと押し込んだ。



「じゃあ、お手伝いさせて下さい。2人でやった方が早く終わりますから」
「・・・」


難しい顔をして腕につけた時計を覗き込み、スウェーデンは「さっさと終わらせっぞ」とだけ言った。





作業中に会話は一切なく、ホチキスの針の音が一定の間隔で鳴り響くだけだった。
そういえば、いつも雑用というかを任されている女性が、今日は子どもの具合が悪いだとかで朝遅く出社していたのを思い出した。定時になるとスウェーデンが「今日はもう帰れ」というジェスチャーをしていたのを見た気がする。
そして自分の仕事が終わってからやるつもりだったんだろうけど、スタートが遅いのとこの量ではいくらスウェーデンでも骨が折れる。

自分が通りがかってよかった。自分は、ほんの少しでも役に立てているだろうか。
そっと作業中のスウェーデンの広い背中を盗み見た。ひたすら手を動かす彼がこちらを向かないことはわかっている。そうして再び自分も手を動かし始める。








最後の書類をまとめて時計を見ると、いわゆる深夜時間に差し掛かっていて苦笑するばかりだった。

「助かった」
「それは、よかったです」


明日もまた同じような1日になる。毎日が落ち込んでしまうようなことの連続で、その度に大声で逃げたいと叫びそうになる。
そうしないのは、大人だからなのかな、とふと思う。そうしてまた同じような日が繰り返されると、自分の中に蓄積されていくものが自信に変わる気がする。時に人を助けたり、その逆もあったり。恩を返すことが、わたしの一番の理由になっている。


「帰っか」
「そうですね」

何気ない仕草でスウェーデンが自分のネクタイを外して、襟元をゆるめた。その仕草に思わず鼓動がはねる。呪文のように「落ち着け」と心の中で繰り返し言い聞かせる。


「家に帰ったら風呂さ入って、暖けぇうちに布団入れよ。風邪引かねぇようにな」
「はい!」


意識しない、意識しない。いつの間に自分は沢山の呪文を覚えたのだろう。
もしくはイメージ映像:ウミガメの産卵。心を静めたまえ・・・!


「お前は朝弱いんだがらな。今日手伝ってもらったのは助かったげっちょ、明日遅刻したらなんも意味ねぇがらな」
「うぐ、気をつけます・・・」


痛いところをつかれが拗ねたような態度で返すと、お兄さんみたいなお父さんみたいな態度でスウェーデンが深く頷いた。