その指先が愛したもの 鼻をすすると同時に吸い込んだ空気が、冬の夜のものだった。水気を含んだ冷たい空気だ。グズグズと鼻をすするわたしに気づいて、スウェーデンさんがこちらを見る。 ふたりで買い物をしてごはんを食べた帰りで、電車を待つため駅のホームに並んでいた。目の前で1本乗り過ごしてしまったが、電車は数分おきにひっきりなしに来るためホームは人の列で埋め尽くされている。 そしてわたしは風邪をひいたわけではなくて、先ほどまでいた暖房の効いた室内と駅のホームとの温度差で鼻孔の空気が気体から液体へと状態変化をしただけだ。大丈夫そうなことにスウェーデンさんも気がついたようで、別の目標に向けのそっと腕を伸ばす。 「うぇ!?」 スウェーデンさんの長い指がわたしの上唇をつまむ。 「なな、なんですか」 「なんだ。カスがついでんのかと思ったら、唇の皮剥けてらんだな」 「!」 そう言って親指で何度かわたしの唇をなぞった。ごみがついているから取るぐらいの気持ちなのだろうけど、密かに憧れている相手からそんなことをされて、わたしはうるさい心臓を落ち着かせるのに必死だった。 同時に自分の唇がこんなにも柔らかいものだということを初めて知った。自分の体のことなのに、誰かに触れられるとこんなにも違うということを今まで知らなかった。スウェーデンさんの指がひたすら優しくなぞる。 「本当はお手洗いでリップ塗ろうと思ってたんですけど、なかなか機会がなくて」 身をよじり彼から離れ、少し気落ちしながら口を開いた。元々唇の皮膚が弱いことは自覚していたため、皮剥けにも気づいていただけにショックだった。 「気にするごとねぇ」 そう言った彼の唇の動きを凝視していた。すっと定規を使って引いているかのような薄い唇で、あまり大きく口を開かずに彼は発声するから濁音が多くなるのだ。 機械の音声が電車の到着を知らせる。スウェーデンさんはわたしの手から荷物を取り、到着と同時にドアへ向かって移動を始める人波ではぐれることがないように、わたしの手を取って力強く握った。 |