若かりし頃 ;;




いやいや出仕することとなっても、それが仕事だというのなら誰にも負けるものか。
処理する力、企画する力、先を読む力。優れた人材がそろうこの国の中であっても、己の才が誰かに劣ることがあるものか。


諸悪の根源である君主との会食を命じられ、ひどく面倒に思った。心にもない賛美を並べることは別に構わない。持ちうる限りの言葉を引き出し、曹操を転がしてやる自信がある。
ただ、すすめられたら断ることもできず箸を動かすことが辛かった。偏食家の自分としては殺人勧告に程近い。断ることは死を賜るわけだし、鼻をつまんで飲み込んでしまいたいけれどもそう無様な姿を晒せるわけもなく、噛まずに飲み込みむせ返りそうになるのをお茶で流し込んでいた。



用意された部屋を訪れると、曹操の姿はなかった。代わりに夏侯惇が申し訳ないといった具合にこちらを見ている。

「すまん。やつは側室たちと花見に行った」
「そうですか。あなたが一緒に行かないとは珍しいですな」


まんまと逃げられたんだ、と言って夏侯惇は片手で顔を覆った。くだらない。思わずこぼれた嘆息に、夏侯惇は気づいていない。

「料理の準備はできているんだが・・・。お前、食っていくか?」
「いりません」
「では、持って帰って嫁にみやげにするか?」
「素敵な提案ですが、屋敷に着くまでに冷めてしまうでしょう。それでは折角の料理も台無しです」


それもそうだと夏侯惇は頷いた。面と向かって話すのはこれがはじめてに近いが、彼の雰囲気からするに彼も料理をするのだろうな、と思った。


「じゃあやっぱり食っていけよ。生憎、相手をするのは孟徳ではなく俺だがな」

また面倒なことになった。それでも曹操を相手にするのよりもずっと気楽だった。





静かな会食だった。夏侯惇は話好きとは思えないし、司馬懿も沈黙は苦痛ではなかったため自分から口を開こうとはしなかった。黙々と食べ進め、味を楽しむというよりは皿を空けることが目的に摩り替わっている。

「無理して全部食わなくても構わんからな」

一瞬箸の止まった司馬懿に向けて、夏侯惇が言った。侮られた。かっと顔に火が灯る。


「ああ、すまん。つい孟徳に言う感じで喋ってしまった」
「いえ」
「残してもいいからな」
「恐れ入ります」

皿を遠ざけ、汁物をすすった。


「お前は見た目通りにプライドが高いのだな」
「は?」
「いい仕事をする上では必要なものだそうだ」
「左様ですか」


全員がそう肯定的ではないのだろうが、夏侯惇がそれを認めてくれたことにより、自分でさえも否定的だった部分を少し強みに思えた。