0.神のてのひら





季節が冬でなくてよかった。わたしを拾った養い親はそう言ってあっけらかんと笑った。それもこれも命あればこそ、だ。
戦いの最中、味方とはぐれたわたしの養い親は森で息を潜めながら自陣を目指して移動していて、その途中わたしが転がっていたと言う。弱いものを守るのが彼の言うところの「騎士道」なのだそうだ。
さて、そんなわたしを救ってくれた彼は、神に仕えている身だという。妻となる女性もなく、ひとりで小さな小屋に住んでいて、そこから教会に通っていた。そんな質素な生活に突然わいて出たわたし。穏やかな日々は、彼の戦死により幕を閉じた。
彼の所属する騎士団で篤く弔われたという。せめて彼の眠る墓標に祈りたかった。彼にはとても感謝していた。死の原因はわたしだとも感じていた。家にわたしがいることで、彼は家でも気が休まらず、それで戦場で命を失ってしまったのではないか。わたしの本質が悪だから、彼にも何らかの影響を及ぼしてしまったのではないか。許しを請うわけではないが、せめて「ありがとう。さようなら」と伝えたい。

家にあった彼の剣を携えて教会を訪れると、入団希望と間違えられた。それでもいいと思った。結局、彼のことは誰にも言わなかった。だから、そっと瞳を閉じて心の中で彼に言葉を送った。彼はきっと笑う。困ったように曖昧に笑う。わたしは、別に恩を返したいとかそういう意味ではないのだと弁明してみせる。だからわたしが戦いの中で生涯を終えようとも、これっぽっちも彼のせいではない。



ひとの形をしているが、自分が人間ではないことは気づいていた。
かつては1個で、複数の意思が存在していて、わたしはその中の1つだった。強大な力を有していた。自然を操る力を持つ蛇だった。そして誰にともなく向かっていく己の悪意。
わたしだけ切り離された。何の力が働いたのか、場所も時代も異なる場所でわたしは転がっていた。養父が拾った森の中で。ひとの形をして、害なす意思もすっかりなくなっていた。いかに強大な力があっても、絶対に神には適わないとでもいうのだろうか。わたしも所詮はこの世で生きる1個の命だった。



新しいわたしの家。
食堂へ案内され、昼食をとった。大勢の人の中で、大人に囲まれながら食事をしている少年に気づいた。少年の瞳もわたしと同じように赤かった。彼のは青みがかっていて紫にも見える赤だ。少年もひとの形をしているが、わたしとはまた違う理由により人間ではない者のようだ。

窓を開けると芽吹く緑の香りがして、暖かな日差しとさわやかな風が入ってきた。冬から春へと季節が変わろうとしていた。冬でなくてよかった。養い親の旅立つ日に、冷たく暗い冬は似合わない。そうでしょう?