闇を纏い、沈黙を言葉とし




照明を消す時はいつも壁際のスイッチで行っていたため、リモコンでの操作が可能だということをすっかり忘れていた。
ぼーっとしていたこともあるが、ふいに常夜灯のみになり、何が起こったのかはじめはわからなかったけれど、リモコン操作のことと、今日この家には自分以外のもうひとりがいることを思い出したので、イタリアが明かりを消したのだろう。

先ほどまでキッチンで洗い物をする音が聞こえていたのでそちらを見ると、丁度イタリアがリモコンをテーブルに置いているところだった。そのまま近くの椅子に身に着けていたエプロンを預ける。








「トマトをおすそ分けしてもらったから、と一緒に食べようと思ったんだ」
そう言ってわたしの見慣れない細長のトマトをいくつか見せてくれた。パスタとあえるなら水分の少ないものを使った方がいいのだそうだ。実際彼のこしらえた完熟トマトとモッツァレラのパスタは絶品だった。
あっという間に1皿平らげてしまったわたしは、「後片付けはしておくから」という彼の好意に甘えてシャワーを浴びて、くつろいでいた。ちょっとだけ仕事だとかで疲れていたし、突然のイタリアのやさしさに助かっていた。

両手の爪にマニキュアを塗布し、家事から解放されてくつろいでいると突然明かりが消えたのだった。









頼りない明かりのなかで、イタリアがこちらに向かってくる。「どうして電気を消したの」と、いつもならなんでもなく聞けるのに、今日のイタリアにはそれができないような何かがあって、わたしはただひたすら彼を見続けることしかできなかった。

彼の手がわたしに伸びる。濡れた髪の毛をタオルでやさしく乾かしてくれる。


「あは、まるでドイツの家のわんこみたいだね」


甘いような不思議な雰囲気に耐え切れなくなって、わたしは思わず口を開いた。イタリアはちょっと面食らったような顔をしてから、にこりと笑った。

わしわしと髪を乾かすために動かしていた両手は、わたしの頭を固定するようになっていて、気がついたら彼の長いまつげがすごい近くにあったり、やわらかい髪がわたしの頬に触れていた。



「今のは挨拶だよ〜」

そう言ってまたにこりと彼は笑った。
挨拶というには少し長いキスだった。抵抗しようにもわたしの爪に載ったエナメルがぐちゃぐちゃになっちゃうから躊躇われたし、いつの間にかわたしの両手首を拘束するように彼の手がそこにあった。




「おやすみ、


常夜灯のオレンジの頼りない光が、彼の瞳をレッドフォックスみたいに揺らしている。おやすみと言ったくせに彼は立ち去ろうとしないでこちらの様子をじっとうかがっている。