不格好が一番いい




声が聞きたかった。奥手な彼女にあわせてゆっくりと関係を進めていくつもりだった。ただ、ボタンを数回押すだけで彼女の声が耳元で聞こえる便利な道具が手元にあるのだから、たまにならそれを使うことを許して欲しい。

はやる気持ちをなだめることもせず、体に染み付いた動作で彼女へと電話をかける。





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気がつけば、あんなちっぽけなものでつながっていたんだ。頭の中をよぎった歌詞だった。

あーあ、アメリカに伝えたかったのにな。




自転車の漕ぎ出しの数回分がいつもより重い。普段必要だと感じないくせに、ないとそれなりに気持ちは沈んでいた。我ながら、現金なやつ。
パンツのポケットに入れていたはずの携帯電話がいつの間にかなくなっていた。来た道をたどってみても、たくさんの影しか落ちていない。
誰かに拾われてしまったのだろうか。漫画のなかで見た悪徳サイトへの登録や、ネットショッピングをしまくる光景がずっと頭の中を駆け巡っている。てっきりどこかに落ちていると思っていたのに。




途方に暮れて帰路につくわたしの目の前に現れた公園と、ぼろぼろの公衆電話。傷だらけで、落書きだらけで、怪しい雰囲気の漂うそれにわたしは小銭を何枚か投入した。
あとは、自分の番号を押すだけ。悪い人に拾われていたらどうしよう。解約の手続きってどこでやるんだろう。くもったコール音は、いつしかツーツーという音に変わる。この音は話し中の音だ。

このタイミングで押し間違える自分だからこそ、携帯電話も落としちゃうんだろうな。どうしようもなくて、苦笑いをした。受話器を置くと、意味をなくした小銭が一度に吐き出される。再びそれを投入し、先ほどよりもゆっくりと番号を押すと、今度はきちんとつながった。





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笑いのツボなんて考えない。自分が面白いと思ったからメールを送った。テレビに対するつっこみだった。大体、アメリカが普段からまわりのことを考えて行動しているなんて思えなかったから、わたしもそれに倣って彼に対しては遠慮とか気遣いとか、人と人とが接する時に重要といわれる部分を考慮したことはない。
それでも、わたしが面白いと思ったものを、アメリカも面白いと思ってくれるのならばうれしいに決まっている。彼は、どんな反応をするだろうか。


ところどころ塗装がはがれている携帯電話が「You've got mail」ではなく、「着信音1」で鳴っている。どちらも初期設定のままだったが、今のは着信だ。



「もしもし?」
『やあ、。いま丁度きみの家の前に来ているんだ。開けてもらっていいかい』
「そうなの。ちょっと待ってて」


電話を片手に玄関まで移動する。ドアの真ん中に埋まっているレンズをのぞくと、確かにアメリカがそこにはいた。そっとドアを開けると、彼は普段見せたこともないような複雑な表情をしていた。


「どうしたの」

後ろでドアが閉まっても彼は玄関から先に進もうとはしなかった。



「きみ、今日携帯電話落としただろう」
「あ、うん。そうなの。制服着てたから高校生くらいの子なのかな、が拾ってくれて。あれ、なんで知ってるの?」
「今日、電話したんだよ。きみに」
「そうだったんだ。いやあ、笑っちゃうよね。でも何もなくてよかったよね」


てっきり彼はわたしのドジな話を笑いに来たと思っていたけれど、わたしが笑いを誘おうと自虐ネタを披露しても彼はそれに乗ってはこなかった。



「俺は、すごく焦ったよ。きみに他に特別な相手ができたんじゃないかってね」


痛みをこらえるようにして、彼は顔をひきつらせていた。


「それでも構わずに、俺は奪おうとした。誰か分からない相手や、きみの気持ちも無視して」
「うん」
「結果として違ったけれど、俺、そんな自分が嫌だと思ったんだ。だって、ヒーローはそんなことしないだろ」
「うーん」


彼の指すヒーローがどこからどこまでなのかわからないけれど、今まで見てきた彼の家の映画でそんな役がないこともなかったからわたしは答えあぐねた。最後がハッピーエンドなら、途中の色々はスパイスということで。



「ねえ、アメリカ。わたし、自分のなかでとびっきりのニュースがあったら、いちばん最初にアメリカに伝えたいな、って思うよ」


いつも思っていることだったけれど、言葉にすると気恥ずかしい。けれども言わなければ彼には伝わらない。



「何かあったら、いつも真っ先に思い浮かべるのはアメリカだよ」





恥ずかしくて背中を向ける。「立ち話もなんですから、中でお茶でもいかがですか」と震える声でそれだけ言うと、「そうだね。さっきのメールにあったテレビのことが、すっごく気になってたんだ!」と弾んだ声が答えた。