4.もし君の唇が震えていたら その手をつかんで城内に引きずり込む。すかさず閉ざされた扉によって日が差さないせいか、城内はどんよりとかげっていた。瞬きの間にかんぬきがはめられる。 「くそ、なんなんだよ。こんなとこまで追っかけてきやがって・・・」 疲れた顔でギルベルトは吐き捨てた。城の戸を背で押し返すようにしていたけれど、向こうに城壁を破る気配はないようだったので、中で休むように伝えた。答える声はなかったけれど、覚束ない足取りは城内を目指していたのでわたしは何も言わなかった。 兵士の士気に左右されるところの大きい籠城戦で、追い込まれた上の籠城はつらい。 前線で戦っていた彼と違ってわたしは後方に配置されていたため、立てこもる城を確保し、満足とは言えない準備で彼らを待ち構えていた。彼らを収容すると、追手はぐるりと城を包囲する構えになった。後続もそれに倣い、厳重な包囲網が敷かれ、わたし達を城へと閉じ込めた。 「しかし奇跡でも起こらない限り絶望的だな・・・」 ふっと誰かがつぶやく。ため息はあちこちでこぼれていた。 敵は長期戦で臨む様子だった。援軍も補給もない状態で、わたし達は段々と弱っていくしかないのか。 「ギルベルト、少し休んで元気になったら皆を励ましてあげて。多分ギルベルトが一番上手にできるよ」 「お前は?」 「わたしは敵の様子を見てくる」 無駄なことなんて言わせない。誰にも口を開かせないように、素早くわたしは上に向かった。 数的不利を経験で覆し、戦況はわたし達に有利に進んでいたらしいが、勝ちを急いてしまったところ、撤退したはずの敵に隊列を崩されたらしい。敵に重騎兵の備えも見られたため、急襲を意識していないこともなかっただろうが、目の前にちらつく勝利に気が逸るのは、短慮とはいえ理解できないこともない。 結果、不敗を謳われていたわたし達だったが、騎士団長を失うほどの大敗を味わうことになった。 わたしには奇跡は起こせない。ただ、この身に宿る人には持ち得ない力が、不運を呼び込むことがある。ぐるりと取り囲む敵兵にその悪意が流れていくようなイメージで、わたしはひたすら祈った。 しばらく雨の日が続いて、落ちた気圧が気分まで沈めていくような日が続いていた。一雨ごとに季節が移り変わっていくのを肌で感じていた。籠城に備えて随分と昔から庭に植えられていた木々の果実が収穫の時期を告げていた。 「農作業するから帰るってさ」 「ふぁ?」 間抜けな声でギルベルトが鳴いた。 時間をかけていたらわたし達は壊滅していただろうが、季節が焦ったように秋になり、収穫を迎える時期になった。敵兵は農民が中心となる連合軍だった。戦時に徴収されたとはいえ、普段は重要な労働力だ。ましてや、農業が主体の生活をしている彼らにとって年に1度の大きな収穫の時期である。 城壁からは、連日引き上げるよう主張する農民たちと、留まることで勝利が約束されていると説得する職業軍人たちが言い争っているのが見えた。しかし、大部分が農民により構成されている連合軍で、農民の協力が仰げなければ攻囲は継続できない。 思い思いの表情で敵軍は引き上げていった。 一体、あれからどれくらい耐えたのだろうか。かんぬきを外し戸を開けると、こもっていた空気があっという間に入れ替わる。なんとか生き延びることができた。 回復しえない打撃を受けたわたし達はこれからどうなるのだろう。 「」 これからは敵の攻撃に怯えなくてもいいという安心感がみんなに広がっていくのを眺めていると、背後からギルベルトが近づいてきた。いくら待っても続く言葉は出てこない。ギルベルトの表情もみんなと同じだった。落ち着いているけれど、喜びはない。攻城側の撤退は局地的な勝利ではあるが、いまのわたし達に先があるとは言えない。 「しばらく、ゆっくりしないとね」 「ああ」 「ギルベルト」 「ん?」 「なんでもないよ」 「なんだよ」 「へへ」 「ははは、意味わかんねぇ」 「うん」 これからのことは聞けなかった。ただ、誰に何を言われようと、それこそギルベルト自身が拒んだとしても、彼のそばを離れる気はなかった。 |