Mit einem gemalten Band. (彩られたリボンで)



素直になれない。彼に負けたくない。侮られたくない。譲れない思いといえば聞こえはいいが、つまらない意地と意地のぶつかり合いだった。後にも先にも立たない後悔がわたしを苛む。



昨晩、プロイセンと喧嘩をした。どこまでいっても平行線なのは分かりきっていたから、もやもやしたまま話すのをやめた。一晩寝たらすっきりするだろうと高をくくって、今朝カーテンを開けた時の気分は最低だった。どこまでも続く曇天、視界を遮る雨。雨脚はそれほど強くはなかったが、わたしの心を重くするには十分だった。
何も考えたくはなかったけれど、喉がかわいていたし、ほんの少しだけお腹も空いていた。恐る恐る階段を下ると、洗濯かごを抱えるドイツに遭遇した。「兄貴ならどこかへ出かけたぞ」ということだった。行き先はわからないらしい。ドイツもプロイセンも朝は早かった。シンクの脇の水切りにプロイセンのマグやお皿を見つけてショックだった。だらしないわたしからすると朝早いことは美徳だったが、この日ばかりは避けるかのように置いていかれたことが悲しかった。わたしにはもう話をするチャンスすらないのだろうか。
自分の体なのに動かし方を忘れてしまったみたいだ。ミルクをあたためようとしたらドイツの大きな手がわたしを止めた。

「カフェオレでいいか」
「うん」

かわいらしいパステルブルーのミルクパンを火にかけるドイツを見る以外に急にやることがなくなってしまって、わたしはキッチンに立ち尽くす。

「できたら持っていく。ソファで待っていてくれ」
「うん。わかった」

ドイツはわたしを見ないで言った。指示に従い、よたよたとリビングのソファを目指した。ドイツがわたしとプロイセンの間に起こった「いざこざ」を知っているのかそうでないのかはっきりとわからなかったが、同じ家で起こったことだし、わたしが起きる前にプロイセンと一緒に朝食をとったのだから昨晩を境に何かあったことは知っているのだろうと推測する。
3人掛けのソファに横になり、置いてあったブランケットにくるまる。ドイツとプロイセンの匂いがした。彼らの家なのだから当たり前のことなのに、家中にプロイセンが溢れていて胸が苦しかった。



言い訳を重ねるわたしに、ドイツは疲れたようにため息をこぼした。作業する手を止めようとはせず、ぱちん、と小気味良い音を立てて洗濯物のしわを伸ばし、手際よくかけていく。先ほどから柔軟剤の香りが部屋に立ち込めていた。湿度が高い日は、香りがよく伝わる。明け方から降り始めた雨は、天気予報によると夜になってもやまないらしい。
カフェオレから立ち上る湯気が、含まれているカフェインが、わたしの心をぐずぐずと溶かし、刺激する。

「ごめんなさい」
「それは誰への言葉だ?」
「・・・ドイツに」

ドイツが額を押さえている。

「そう思うのなら兄貴にももっと素直になってくれ」

彼の言うことはもっともだった。わたしもできたらそうなりたい。

「・・・善処します」

遠く離れた島国の青年の口調をまねた。便利な言葉だと思った。やらないつもりはないし、最善を尽くす。(但し、だめかもしれないけれど。) かっこの中身がみそで、ほぼ「できない」と言っているようなものだ。
カフェオレを一気に飲み干してカップをテーブルに乱暴に置いてから、頭までブランケットをかぶった。ドイツに気づかれないようにと、小さく鼻をすする。











物音がして目が覚めた。寝すぎたのか、頭がひどく痛かったので、顔をしかめながら辺りを見回すとすっかりと暗くなっていて、カーテンの隙間からは夜が見えた。昼食をとった記憶がないから、わたしはこんこんと眠り続けていたのだろう。途中、ドイツが「今夜は出かける」と言っていたのをなんとなく覚えている。気心の知れたイタリアや日本といっしょにごはんだと言っていたから、どうしようもない程にアルコールを摂取するのだろうと思っていたけれど、予定が変わったのだろうか。

リビングの入り口に現れたのがプロイセンだったので、わたしは寝返りをうって彼に背を向けた。ソファの背もたれの部分がわたしの正面になり視界が遮られるが、むしろ自分の表情を隠すためにそうした。わたしも彼も何も言わないでいた。居心地の悪さを寝たふりでやり過ごそうとする。朝よりも強く降る雨の音が沈黙をかき消していた。 段々と近くなる足音が止まったかと思うと、今度は遠くなっていく。何も見えない分、音や気配に敏感になっている。わたしのついた意味のない嘘が彼にばれない様にその気配が感じられなくなってから、体の向きを直した。自分で遠ざけたくせに、誰もいないリビングを見ては胸が軋んだ。


気がついたら、手を伸ばせば届く距離、テーブルの上に紙袋が置かれていた。どう考えてもプロイセンの仕業だったから、わたしは体を起こしもしないで腕だけでそれを取ろうとする。



急に濃くなるプロイセンの匂い。

「俺様を出し抜けるとでも思ってんのか?」

わたしに馬乗りになってプロイセンは喉の奥で笑った。いつもなら高くケセセと笑うところだけど、いまのわたし達はその「いつも」が許されない微妙な関係になっていた。掛け違えたボタンの様に、周波数の合わないラジオの様に、何かが微妙に違う。背もたれの後ろで完璧に気配を消していたのだろうプロイセンを、わたしは鋭く見上げた。その姿を想像するとすごく滑稽だけれど、いくつもの戦線を潜り抜けてきたのだから彼に本気を出されたらわたしなんかが敵うわけもないのだというのを、まじまじと示されている。素直にすごいと思っている。けれどもそんな彼に負けたくないという強い気持ちもある。
雨の中を帰ってきたプロイセンは全身に湿気を含んでいたので、彼のシャンプーなのか香水なのかの匂いがいつもよりも香っていた。ざわざわと胸が騒いで、揺れている。

返す言葉が見つからなくて、わたしはじたばたと身じろぐ。プロイセンは、顔をしかめてちっと舌打ちをした。失敗を焦るようにガシガシと乱暴に後ろ頭を掻いて、わたしの手から紙袋を取り上げるとそのまま中からきれいにラッピングされた小箱を取り出した。すっとなめらかにリボンを外す。

「なんでプロイセンが開けるの?」
「お前への嫌がらせ」
「さいっあく。ていうか早くどいてよ」

それには答えず、プロイセンは包装紙に手をかけた。激しい気性の彼だからビリビリと破きそうなものなのに、1つ1つ丁寧に包む時と逆の順序で解いていく。そういう器用さも持っているのは知っていたけど、使いどころが絶妙で腹が立った。何より一番ずるいと思ったのは、計算でもなんでもなく自然にそう振舞えることだ。いま口を閉ざすのはよくない。でないと、この雰囲気に飲み込まれてしまう。プロイセンの眩しい様でいて照準を合わせる様な細められた瞳に見つめられると、わたしは何も言えなくなってしまう。
いくつもの包みに覆われていた華奢な金属を指先ですくって、プロイセンはわたしの首の後ろでそれをつないだ。

「・・・かわいい」
「おう」
「それで今日朝からいなかったの?」
「あれこれ見てたら思ったより時間かかっちまった」
「ありがと。すごくうれしい」

プロイセンがわたしのためを思って選んでくれたものなら、なんでもうれしい。


「ん」
「キスしていいか?」

彼の首の後ろに腕を回して自分から口付ける。湿気たプロイセンは始めこそどこかひんやりしていたけれど、段々と熱を帯びてくるのがわかった。多分それはわたしも同じことなのだろうけど。慣れっこなはずの行為なのに、心音は今日の雨足みたいに強くなっていく。
かちりと目が合って笑い合えたら、わたし達は元通り。