漂流する思考、その先




上手な甘え方なんて知らなかったから直球の、それも力技でプールに誘った。


『す、す、スウェーデンさん! 最近暑くなってきましたし、プールに行きませんか?』
『ん。行ぐが』

そう言って彼がほんの少しだけ笑ってくれたのが何よりうれしかった。






着替えてからトレンチ席のあたりで待ち合わせをすることにしていた。場内はたくさんの人でごった返していた。その多くがわたしや彼のような男女の2人組みで、トレンチ席にもテーブルと椅子が2組ずつセットされている。そんなテーブルの合間に見慣れた顔を見つけてわたしはそちらに駆け寄った。

「あんまし走るな」
「うぐぐ、すいません・・・!」
「ん」

肌も髪も瞳も色素の薄いスウェーデンさんの水着姿をちらりと盗み見て、恥ずかしくなってすぐにプールへ視線をずらした。骨や筋肉ががっしりと組み合わされてできているような体つきが、当たり前だけれどわたしとは全然ちがうことにどぎまぎする。無表情で椅子に掛けたままのスウェーデンさんも同じようにプールを眺めていた。

「ここの流れるプールはすごいんですよ。1周40分だそうです」
「そか」
「せっかく来たんですし、まずは一泳ぎしましょうか」
「俺はいい」

さらりと言ってのけるスウェーデンさんの顔はいつもと変わらなかった。こういう時の彼に何を言っても通用しないことは、今までの付き合いの中で知っている。
それならわたしも入るのやめようかな、と彼に聞いてみると、せっかくだからは入れとこれまたさらりと言われてしまった。



言われるがまま、大きな浮き輪を持ってわたしは流れるプールへと向かった。ひとりで流れるわたしって何? そもそも今日彼は何のために来たの?
水の中にいると体にかかる力が陸上とは違って小さくなるので、いつもより考えることに集中できた。でも、ぼうっとしていた時間の方が長かったかもしれない。あっという間に1周してしまい、むなしくなってプールから上がった。




席に戻ると、スウェーデンさんが若い女性2人組に声をかけられていた。いわゆる逆ナンってやつだ。
わたしは街を歩いていても、ひとりで流れるプールで流れていても、誰からも声をかけられないけれど、スウェーデンさんは違う。
フフフ、かっこいいでしょう。すごく男らしいでしょう。でもあんな怖そうな人によく声なんてかけられるものだと、その女性達の思慮の浅さにびっくりしていた。スウェーデンさんの返答も短く適当だった。

「お兄さんって、こういうところにいなそうなタイプですよねー」

何気なく繰り出された鋭い一言に、ガン、と頭に流れ星でも降ってきたみたいだった。わたしがそもそもの選択を誤ってしまったのかな。確かにスウェーデンさんは人ごみが嫌いだし。
そこでふっと思った。出会ったばかりの彼女達がそんなことを知っているのか。違う、きっと彼女達は見た目でそう判断したのだ。




片手を挙げてスウェーデンさんがこちらに呼びかける。それに気がついて女性達も「時間が勿体ない」と言わんばかりにどこかへ消えた。




「スウェーデンさんがプールに入らないのって、眼鏡が理由ですか?」
「眼鏡ねぇば、おめぇのごどちゃんと見られねぇべ」

まっすぐ言われて恥ずかしくなってわたしは顔を真っ赤にする。濡れた水着が肌にぺたりと張り付いているけれど、彼のはそうじゃない。

「でも、わたしもせっかく来たんですからスウェーデンさんといっしょにプールに入りたいです」


思い切ってその手を取って、わたしは言う。

「見えないのならわたしがプールまで引っ張っていきますから。ね?」



外した眼鏡をテーブルの上に置いて、スウェーデンは立ち上がる。


「よろしぐ」
「はいっ、喜んで!」

当然「飲み屋か」なんて突っ込みはない。彼の手をひいて、跳ねるようにプールを目指す。ちらりと振り返ると、見えないから目を細めている物凄い形相のスウェーデンさん。


「せっかぐ俺のためにもよってくれたのに、見れないなんて勿体ねぇがらな。さっきがら周りの男たちがちらちらのこと見てるけど、俺の殺気で黙らせでやる」


「何か言いましたか?」
「なも」
「そうですか」