雨が降ったなら




ごろごろと大気が揺れると建物も敏感に反応するので、中にいるわたしたちもびっくりする。雷雲は頭上にきている。雨も先ほどから降り始めて、窓の外ではじけていた。


「やばい。今日洗濯物外だわ」
「何考えてんだよ」
「や、だって天気予報見たらくもりマークだったもん」

イギリスはキーを打ち込む手を止めて、モニターを避けわたしの方を覗いて、あからさまな侮蔑の色を浮かべた笑い方をした。

「俺が今朝見たら15時以降の降水確率は70%で、夕立ちの恐れがあるって言ってたぞ」
「うわあ、終わった・・・」
「終わったもなにも、もう降ってんじゃねぇか」
「そうです。その通りです」


イギリスは皮肉屋さんなのでわたしの一言には何か必ず返してくれる。わたしは負けず嫌いなのでそれに対してへらず口で応えるのだが、今日はショックのあまり上手く頭が働いていないみたいだ。

「下着洗うのがいちいち面倒なんだよー洗濯ネットに入れたりさあ」
「・・・今のは聞かなかったことにしといてやるから、さっさと手を動かせよ」
「はいはーい」

モニターで表情を隠してイギリスは不機嫌そうな声で言った。ちらりと見える彼の耳がピンク色に染まっている。早く終われば早く帰れると気持ちを切り替えてわたしもモニターに向かって居住まいを正す。




ブツッという途切れるような音と共に光が失われる。少し遅れて戸惑う声があたりから聞こえてくる。手元の携帯電話を開いてモニターの向こうのイギリスを照らすと、向こうも同じようにわたしを照らしていた。


「停電・・・」
「みたいだな」

幸いにして、くだらない話をするためやりかけの仕事のデータを途中保存して手を止めていたので、周りの人たちのように絶望感は少ない。雨に降られ洗濯物はだめになったかもしれないが、人の不幸はこんなにも自分を豊かな気持ちにさせてくれるのだと隠しもせずに笑った。プラマイゼロ、むしろプラスだ。

「もう今日の仕事にならないよ。帰ろう、イギリス」
「・・・そうだな。お前、ほんとうにむかつくな」
「えっへっへ、なんのことですかな」
「言ってろ」


デスクまわりの片づけをして、バッグをもってふたり颯爽と事務所をあとにした。






「おい、まさかとは思うが」
「まあそうですよね。洗濯物を外に干してきたくらいですから、当然傘なんて持ってきてないですよね。雨降るとかこれっぽっちも思ってなかったんで」
「置き傘とかもねぇのかよ?」
「あっはっは、そうなっちゃいます?」
「お前に聞いてるんだよ! ていうか、ないんだろ」

顔をひきつらせて心底嫌そうな表情を浮かべて彼の腕がわたしの方へと差し出された。ぽかりと空いた傘のスペース。何も言わないでいたら、じれた様に彼が口を開く。


「おい、知ってるか。馬鹿でも風邪ひくんだぜ」
「誰が馬鹿だとこの野郎。もっぺん言ってみろや」

差し出された傘のスペースから飛び出るように一歩引いた。傍から見るとこの状況はなんだ。イギリスの一言に腹が立って、彼と親密な関係に見られることは耐えられなかった。
ばつが悪そうにして、イギリスはぽつりと言葉をこぼす。


「だから、傘を貸すって言ってるんだよ」
「いらないよ。歩いて帰る」
「だったら余計に傘いるだろ。俺、車だから持ってけよ」
「いい」
「・・・じゃあ、車で家まで送ってく」
「いい」

困った様に視線を落とし、伸ばした腕をわたしと自分の中間ほどに引き戻して曖昧な距離で傘を差し続けていた。


「だから、が風邪引いたら俺が困るっつーか・・・」


口ごもりながら雨音にかき消されそうなくらい小さな声でつぶやかれて、その声に含まれる気恥ずかしさや甘さになんだかくすぐったくなってしまった。さすがにかわいそうになったので、傘を持つ彼の手にわたしの手をそっと重ねる。

「帰ろっか」
「お、おう!」


わかりやすく元気になったその姿に、わたしのいたずら心が段々と大きく育って行動へと駆り立てる。


「まあ風邪引いたら引いたで、イギリスに面倒見てもらうおうかなーと思ってたし」
「何言ってんだよ、馬鹿・・・」



料理はごめんだけど、言って口笛を吹くまねをしてわたしはごまかす。ただ、残念なことにわたしは口笛が吹けなかった。もろもろが彼の琴線に触れたようで、どんと体当たりをされ体の半分が少しだけ雨に濡れた。