連れてってペガサス




やわらかく踏まれたブレーキペダルが、フランスの丁寧さを表しているとは思った。体にかかる重力さえ、ほとんど感じないくらいにやわらかい。開け放された窓からの潮風が鼻孔をくすぐるなか、シートのゆれをゆりかごにして彼女はほんの少し瞳を閉じた。



「疲れさせちゃったかな」

車内の音楽のボリュームを片手でしぼって、フランスはつぶやいた。答えが返ってこないのならそれでもいいような声だった。

「そんなことない。ごめんね、運転してるフランスのが疲れてるのに」
「疲れてなんかいないよ。もう少しで着くから、それまで寝ててもいいよ」
「寝ないよ」
「そう」


フランスがゆっくりとハンドルを切ると、の体もゆっくりと引っ張られるような感覚だった。シートにもたれてうとうとする彼女をちらりと横目で見て、声もなく笑ってからフランスは再び前方へと注意を戻した。







「おはよう、

ぱちりと音がしそうなくらいの勢いで彼女の瞼が開かれる。シートから身を乗り出して様子をうかがうフランスの顔が近いことにはっと息を飲む。フランスの香りがする。
申し訳ない顔をする彼女がいまにも侘びを口にしそうだったのを長い指ですっと制して、フランスは許すというようにして笑う。謝るチャンスを失ったがこくりと頷くと、フランスも答えるように頷く。言葉なく交わされるやりとりに、共に過ごした時間が短くはないことがにじんでいて、どちらともなく口元を緩める。


「ちょっと遅めのランチにしようか。大丈夫、まだ眠いのならもう少しこうしててもいいし」
「ううん、行こう。お腹すいた」
「すごくいいお店だよ。目の前の海からとれたての魚介類をつかった料理が絶品だった」
「フランスがそう言うなら間違いないね!」

握った拳でが力強く信頼をアピールすると、フランスがぶっと吹き出す。

「何、そんなにお腹すいてたんだ」
「ち、ちがうよ!」

俯いて肩の線を震わすフランスの勘違いを素早く否定する。そのままの姿勢で目を合わせないようにして彼が入店を促すと、彼女も頷く。


「あ。悪いんだけどこの車古いから、助手席のドア外からじゃないと開かないんだ。ちょっと待って」
「うん」


フランスが外に出て扉を閉めると車がバン!と悲鳴を上げる。フランスが乱暴な訳ではなくて、車のつくりが雑なだけだ。近代的な車に見られる厚みや安全性、先進的なフォルムは彼の車にはない。側面はうすい金属で、走るとがたがた鳴ったり、閉めると大きな音を立てる。走行時の空気抵抗に考えが及ぶ前の車体は、内容する部品を隠すための役割しか担っていないが、面の取れた四角形のようだったり、丸いライトがレトロな雰囲気をかもし出している。
が彼の車に乗るのははじめてだった。車に対するこだわりなんてほとんどないのだろうが、前時代的な車であってもフランスのものならファッションの一部のような気さえしてくる。回り込んで助手席のドアに手をかけるフランスを彼女はじっと見つめる。


「ねえ、ドアが開かないってほんとなの?」
「さあ、どうだろうね」

否定もせずに曖昧に彼は笑う。


「いいじゃない、ここには俺らのこと知ってるやつなんかいないんだし」


開かれたドアからフランスの手が差し出される。彼の言葉を反芻しながらはその手を取る。そのまま勢いで彼の胸に飛び込む。


「うわっ、びっくりした。珍しいね、が積極的なの」

額を彼の胸に押し付けるようにして彼女はつぶやく。

「いますっごく恥ずかしいです・・・」
「そういうところもかわいいと思うよ」

フランスは片方の腕を彼女に回して、開いた方の手で助手席のドアを閉めた。